ドイツ、トルコ、タイ。海外3か国で活躍した細貝萌の貴重な財産「5年後か10年後か分からないけど、役に立つ時が来ると思う」【独占インタビュー2】
メンタルは強い?「そんなこともない(笑)」
その恩人に細貝は引退の連絡をしていないという。「ルフカイさんはよく携帯番号を変えますからね」と細貝は冗談交じりに笑っていたが、プレーヤーを退くことを決めた今、どこかで再会のチャンスが巡ってくれば理想的だ。 そういった良い出会いも大きかったが、細貝がドイツで一定の成功を収められたのは、単に監督や環境に恵まれただけではない。彼自身もドイツ語を学び、異文化に適応しようという努力をしたからこそ、ブンデスリーガ1部で102試合、2部で17試合出場という偉大な記録を残すことができたのだ。 「言葉の問題はもちろんありました。浦和レッズにいた頃から僕は海外に行きたいという思いが強かったので、英語の家庭教師をつけて週に何回か勉強をしていました。その後、ドイツに渡ってからもレッスンは一生懸命やりました。 今はだいぶ落ちましたけど、ドイツ時代はヘルタ・ベルリンに後から来た(原口)元気やシュツットガルトに来た(浅野)拓磨の通訳みたいなことをやったこともありましたね(笑)。自分は試合に出ないのに、監督とかコーチに呼ばれて、試合前のミーティングに参加して、彼らに説明した記憶があります。 そういう努力も大事ですけど、海外にいると自分1人だけで解決できないことも多い。言葉も契約や生活面の交渉などは難しいんで、任せるところは専門家に任せました。 精神的な部分も変えて、ドイツにアジャストしていかないといけないということも感じていました。そこで僕はメンタルコーチもつけてトレーニングをしました。『メンタル強そうだね』ってよく言われたけど、実際にはそんなこともない(笑)。だから専門的な力が必要だったんです。それは個人トレーナーもそう。自分のためになることは自己投資を積極的にしていました。欧州で戦い抜くには、そういうことは当たり前なのかなと思います」と、細貝は貴重な話をしてくれた。 トルコとタイで戦えたことも、彼にとっては大きな財産になっているという。 「ブルサスポルはクラブ規模も大きくて、クラブハウスも練習場も素晴らしかったので、居心地は良かったです。あの時、ちょうどテロが続いていたので、情勢不安はありましたけど、すごく充実した1年だった。タイもそうですけど、5年後か10年後か分からないけど、それぞれの国で生活したこと、培ったことが自分の役に立つ時が来ると思っています」 貴重な海外キャリアをどうセカンドキャリアに活かすのか。細貝は「指導者の道に進むつもりはない。むしろマネジメントの方に興味があります」と話していたが、11月11日に2025年から群馬の社長代行兼GMに就任することが正式に発表された。 これは驚くべきニュースだが、彼ほどの国際経験値を持つ選手はそうそういない。それを最大限に活かし、故郷のクラブを発展へと導いてくれるのではないか。周囲からの期待も非常に大きいはずだ。 ※第2回終了(全3回) 取材・文●元川悦子(フリーライター)