「市制施行70周年記念 アルフォンス・ミュシャ ふたつの世界展」(府中市美術館)レポート。複製芸術と油彩画に共通して現れるミュシャの魅力とは
工芸・装飾の世界との共鳴
第2章の中盤以降では、ミュシャが同時代の芸術思潮を積極的に取り入れながら作品を制作していた様子が伺える。ミュシャの版画、絵画にはたびたび、草花の装飾やダイナミックにうねる髪のモチーフが登場するが、これらは当時「自然への回帰」に強い関心を寄せていた工芸・装飾芸術に影響を受けたものだ。 たとえば『装飾資料集』(1902、画像下)は、ミュシャの装飾デザインを紹介する図案集であるが、本作は彼の「自然から学ぶ」過程を示す資料とも言えるだろう。ケシの花を描いたスケッチには、解体された花弁や雄べ、葉が枯れた様子までが詳細にスケッチされており、それらがデフォルメされたパターンとして再創造される。ミュシャの作品に独特のリズムを与えている、うねるような髪の表現や草花をモチーフとした装飾は、このような植物の持つ形態・ダイナミズムへの関心から生まれたものなのかもしれない。
複製芸術と油彩画、異なる世界を繋ぐアーティスト
第2章後半~第3章「ふたつの世界をつなぐ造形」では、いよいよミュシャの油彩画が本格的に紹介される。彼の油彩画は、いわゆる「象徴主義」という芸術動向に位置付けられることが多い。象徴主義とは、産業革命以降の物質的/商業主義的な世界観に対する反発として起こった芸術運動であり、心の世界に向き合う神秘的な世界を「暗示する」ことを志向する。たとえば《ポエジー》(1894)は、フランス語で「詩情」を表す語がタイトルになっているが、詩を直接表現するようなモチーフは一切用いられていない。暗闇の中で一心に祈る人を描くことで、詩の持つ趣や魅力を表現している様は「いちばん大切なものを書こうとしない」象徴主義らしさの典型とも言えるだろう。 展覧会の最後を飾るのはミュシャの代表的な大型油彩画だ。なかでも《ハーモニー》(1908、画像左)はニューヨークのドイツ劇場のために制作された装飾画であり(実際には採用されなかった)、ミュシャ絵画の神秘的な側面を示す重要作だ。同作品の造形に注目してみると、やはり独自の「淡い中間色を基調とした色彩」や、版画技法に影響を受けたであろう「複数のレイヤーが生み出す空間的奥行き」が見てとれる。彼は自身が得意とする複製芸術の技法を油彩画に流用することで、軽やかながらも、鑑賞者に神秘的な精神世界についての深い思索をうながすような作品を作り上げていたのだ。 アーティストの類稀なる造形力(ミュシャらしさ)に注目してみることで、彼が複製芸術と油彩画という異なるふたつの世界を自在に行き来しながら、独自の表現手法を形成していった様子を感じられる本展。本レポートにて紹介した作品はほんの一部のため、ぜひ実際に足を運んで「ミュシャらしさ」を感じてきてほしい。
Haruka Ijima