第一次大戦から100年 民族の架け橋になる日本人
1人の日本人の振るうタクトが、骨肉の争いを繰り広げた民族たちを一つにまとめ、ハーモニーを奏でる。民族対立が続く旧ユーゴスラビアのコソボに単身で乗り込み、活動する指揮者・柳澤寿男さん(42)が7月5日、バルカン半島の民族でつくる楽団とともに、サラエボ市でコンサートを開く。第一次世界大戦の引き金となるサラエボ事件が起きて今年で100年。旧ユーゴでは今も民族の争いが続くほか、ロシアとウクライナの対立など「世界は第一次大戦前に雰囲気が似ている」と指摘する声もある。100年の節目で、柳澤さんは世界に平和を伝える思いを新たにしている。 柳澤さんは「音楽に国境があってはならない!」という知人の言葉をきっかけに、2007年にコソボの交響楽団指揮者になった。そこで、難民を経験した楽団メンバーの悲しみや憎しみに触れ、民族対立の根深さを肌で感じたという。 そこで、対立する民族が一緒に演奏する「バルカン室内管弦楽団」を結成することを決意。各地に足を運び、音楽家を募った。楽団にはこれまでセルビア人、アルバニア人、マケドニア人、ボスニア人、ギリシャ人、スロベニア人、ブルガリア人、ルーマニア人が参加。最初に集まったころは、音楽家たちは互いにぎこちなく、戸惑っていたという。しかし、少しずつ心が通い始めると、演奏の呼吸が合うようになり、バルカン室内管弦楽団にしか出せない音が出せるようになっていった。 そして、バルカン室内管弦楽団は、国際社会が注目する中で演奏会を成功させ、音楽が国境を越えて人々の心を結びつけることを示した。こうした活動は「不可能を可能にした」「歴史的偉業」と評する声もあり、柳澤さんはニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」にも選ばれたほか、日本の高校の世界史の教科書にも掲載された。 かつてのユーゴスラビアは、1991年ごろから紛争がぼっ発。スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、コソボ、マケドニアなどに解体された。その過程でいくつもの独立紛争がぼっ発。ボスニア紛争では20万人の犠牲者を出したといわれる。柳澤さんがコソボに足を踏み入れた2006年ごろも治安は不安定で、国連の暫定行政ミッション下にあり、発砲による死亡事件がたびたび起きていたという。