〈お酒はどれだけ飲んでいいの?〉家庭医が伝える病気のリスクを下げるアルコール飲料の飲み方、厚労省ガイドラインを解説する
安全と言えるアルコール使用量は存在しない
健康に配慮した適切な飲酒量・飲酒行動を考えることの難しさは、最近の研究エビデンスの変化が関係している。それには、2018年に英国の医学雑誌『ランセット』に発表された、世界195の国と地域でのアルコールの消費量、そしてアルコールに起因する死亡と障害調整生存年数の推計についての研究論文が影響している。 従来の研究エビデンスでは、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)と糖尿病などの疾患に対しては、少量のアルコール摂取に予防効果があることが示されていた。しかし、個人および集団としてのアルコール消費量の改善された推計法と、アルコール使用とそれに関連した健康アウトカムについて新たに実施したシステマティック・レビューとメタアナリシスを含めて検討したこのランセット論文の結論は、「アルコール使用による健康の喪失を最小にするアルコールの使用量はゼロである」というものである。
今回も、主として女性の虚血性心疾患と糖尿病での少量アルコール摂取の予防効果の傾向が認められたが、アルコール摂取とがんリスクとの用量依存性の関連(摂取量が増えるほどリスクが増大する)によって打ち消されていた。 この結論を知って「『酒は百薬の長』という概念が否定された」と言って嘆いた人も多い。ただ、コミュニケーション、人間関係、地域社会の伝統や文化・芸術、酒類の販売や飲食業を超えたさまざまな経済活動を含めて、アルコールが存在することのポジティブな面は否定できないのではないかと思う(利益相反があるとまでは思っていないが、私の生家が元禄時代から続く老舗の造り酒屋であることは開示しておく)。 しかし、アルコールのネガティブな影響はそれを使用する個人の健康だけではなく、家族、障害、職場、そして事故、犯罪にまで及ぶ。悩ましい問題である。
ウィークデイは「ソバーキュリアン」
以上のエビデンスを踏まえて、M.I.さんとY.I.さん夫婦が私と相談して出した「とりあえずの結論」は、「土曜日と日曜日だけ、ビール500ミリリットルとワイン200ミリリットルを楽しもう(一人あたり週80グラム、1日あたり11.4グラム)」というものだ。これで始めてみて、しっくりこなければまた相談して改訂できることにしている。 「しらふ」を意味するsober(ソバー)と好奇心を意味するcurious(キュリアス)を合わせた造語「ソバーキュリアス」とは、「体質や環境的にアルコールを飲むことは出来るけどあえて飲まないライフスタイル」のことだ。2019年ごろから欧米の若者層を中心に広まり始めた言葉と言われている。 コロナ禍も影響したのだろう。そうしたライフスタイルの人を「ソバーキュリアン」と呼ぶ。 「では、お二人の意気込みを聴いておきましょうか」 「『ウィークディはソバーキュリアン』ってオシャレな感じだし、私は気に入っています。やってみます」とY.I.さん。 「誰からも『禁止』や『強制』をされず、自分たちでライフスタイルをポジティブに選べたことが嬉しいです。久しぶりにお酒のある週末を楽しみます」とM.I.さん。 「それは良かった!」
葛西龍樹