ダイハツ「不正」の裏側:「コスパ」「タイパ」が日本を潰す
ダイハツの不正を調査した第三者委員会は、不正の原因を「過度にタイトで硬直的な開発スケジュールによる極度のプレッシャー」「現場任せで管理職が関与しない態勢」「チェック態勢の不備な職場環境のブラックボックス化」「法規の不十分な理解」「コンプライアンス意識の希薄化と認証試験の軽視」の5つだと指摘した。簡単に言えば、すべての背後に「コスト低減」「開発時間の短縮」という事情がある。手短に言えば「コスパ」「タイパ」最優先だ。これはダイハツだけの事情ではない。あらゆる業種、あらゆる企業で、コスパとタイパが主役の座に就くようになった。これは危険である。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
短期開発はタイパでありコスパ
発売時期の変更は許されない。しかし、開発期間は短くしたい。短くすれば開発工数は減る。工数=コストだから、コストも削れる。短期開発はタイパでありコスパでもある。 同時に、部品点数も減らしたい。よく「自動車は3万点の部品で作られる」と言われる。何を「ひとつの部品」と呼ぶかにもよるが、たとえばねじ1本、電子回路の中の部品ひとつというレベルまで部品点数を列挙すると、現在のクルマは軽自動車でも3万点では済まない。従来は3つの部品で構成されていたものをひとつにまとめれば、部品のコストを削れる。自動車に限らず工業製品の世界では、部品代は1+1+1=3ではない。2.2か、それ以下になる。部品点数を削ることは、間違いなくコスパになる。 ダイハツが行なった不正のなかに「側面衝突試験」があった。この試験は「乗員がどれくらいのケガをするか」を見る。運転席ドアにほかのクルマが突っ込んで来たことを衝突センサーが検知したらすぐにカーテンエアバッグまたはサイドエアバッグを展開し、乗員への危害を弱める。試験では乗員の代わりに実験用ダミーを座らせ、そこに取り付けたいくつものセンサーのデータから「もし生身の人間元だったらこれくらいのケガをする」という予測値を導く。 相手車両がドアを突き破って突進しないよう、ドア内部には補強バーが入っている。ボディ全体も衝撃に対しては相当に丈夫に作られている。側面にクルマが突っ込んで来る衝撃は相当なものだが、ボディ設計術と素材の進歩によってボディ変形はかなり少なくなった。この丈夫なボディにエアバッグを組み合わせることで、時速40kmくらいで真横に突っ込まれても、乗員は致命傷を追わないで済むようになった。 ダイハツの不正は、この側面衝突試験だけでも複数あったが、筆者がもっとも重罪と判断するのは、エアバッグの展開をエアバッグECU(コンピューター)からの直接指示ではなく、あらかじめ「衝突の0.0x秒後」というようにタイマーを設定して行なったことだ。 その理由は、衝突試験実施の時点ではエアバッグECUが完成していなかったためだ。しかし、衝突試験はさっさと終わらせたい。だからタイマーによる展開指示という不正を行なった。 タイマーにセットされた時間は、設計目標値だったと思う。衝突センサーが衝突を検知し、現実的に「いままでのクルマではこうだった」という時間差がタイマーにセットされたのだろう。現在、衝突試験はシミュレーション上で繰り返され、実際にクルマをぶつけるのは「最後の確認試験だけ」と言われる。「シミュレーション上ではちゃんとできていたから、タイマー指示でも問題はない。 こういう判断だったのかもしれない。 調査報告書(概要版)には、以下のように記載されている。 エアバッグのタイマー着火(不正加工・調整類型) 安全性能担当部署の試験実施担当者等は、側面衝突試験における認証試験では、本来、衝突時の衝撃をセンサーで検知してサイドエアバッグ及びカーテンシールドエアバッグをエアバッグECUで作動(以下「自力着火」という)させる必要があるにもかかわらず、届出試験の時点ではエアバッグECUが開発されていない段階であったため、届出試験において、衝突時の作動をエアバッグECUではなく、タイマーにより作動(以下「タイマー着火」という)するように以来する試験依頼票を作成した上、サイドエアバッグ及びカーテンシールドエアバッグをタイマー着火させる方法で届出試験を実施して、同試験によって得られたデータを記載した試験成績書を作成して、認証申請を行った。 実際、クルマをぶつける衝突試験でも、座らせたダミーが記録するデータはプラスマイナス10%程度の誤差が出る。良心的なOEMなら「試験でプラス10%の数値になったとしても、障害基準値より低くなるようにしておく」と考える。ダイハツはカーテンエアバッグ用ECUの完成を待たずにシミュレーション的な衝突実験をした。 もし、ここで「サイドエアバッグ用ECUの完成を待つべきだ」と試験を担当する現場が判断しても、開発スケジュールを管理する部署や設計部部門からは「そうしよう」という回答はも間違いなく来ないだろう。スケジュールは厳守なのだ。これは開発に携わるすべての部署が共有する認識だ。