コメにドジョウ、火星で農業を営む日はくるか JAXA山下名誉教授に聞く
動物性食物としてドジョウとカイコに期待がかかる
しかし、野菜だけではコレステロールなどの脂肪、ビタミンDやB12、塩分が不足してしまいます。そこで、動物性食物として、ドジョウとカイコを検討しました。ドジョウは養殖技術が確立されていて、水田にも放すことができます。水中の酸素が少ない劣悪な環境でも水面から空気を吸い込んで消化管呼吸をするなどタフな生き物で、宇宙農業にうってつけです。内臓ごと食べれば、動物性脂質やビタミンなどが摂取できます。 また、居住部の内装に金属よりも心地よさがある木材を使えるといった理由から、樹木の栽培も検討しました。カイコは桑の葉を食べる昆虫であり、樹木の利用価値がより高まることや、人間が食べられない植物を食物に変換できる、などの点を評価して選びました。食べやすくするため、カイコのサナギをサツマイモ粉やオカラなどと混ぜてクッキー状に調理する試験も実施しています。 塩分は、ナトリウムを含む擬似海水の中で海藻のアオサを育てると、海水中のナトリウムが濃縮されますので、それを使って食塩を作ります。カリウムをたっぷり含んだアオサは堆肥にするか、そのままアオノリやふりかけにして食べます。
宇宙農業の実現に100年は必要
今後、実際に宇宙農業を行う場合は、実証試験を行う必要があります。実施する場所として月面が選ばれる可能性はあるでしょう。 火星へ行けたとして、いきなり大規模に宇宙農業をスタートさせることは困難です。当初は少人数で行くでしょうから、その際に宇宙農業に関わるモジュールを持っていくことになるのではないかと思います。その次の隊、さらにその次の隊も同じように持ち込んで、徐々に組み立ててドーム農場ができあがっていく ── こうして、準備には長い時間がかかるところから考えると、宇宙農業の実現には、やはりあと100年はかかるのではないでしょうか。
人類が火星を目指す意義
最後に、山下氏に「人類が火星を目指す意義」を聞いた。 先日、NASAが木星の衛星「エウロパ」の写真を公開しましたが、あそこは人類が行くには遠すぎますし、外惑星なので太陽電池も使えず、放射線も強い。それに比べれば、火星は21世紀の間に人類がたどり着ける一番遠いところと言えます。 火星には、生物が確実にいたでしょうし、今も生きているはずです。火星で実際に生物を発見し、地球の生物と比べれば、遺伝の仕組みを含め、宇宙における生命の普遍的な法則をみつけられる可能性があります。人類が月よりも向こうの火星を目指す意義は、そこにあるのです。 (取材・文:具志堅浩二)