「まるで竜の元エースみたいやっ!」並外れた才能に川上憲伸ゾッコン!ドラ1金丸夢斗投手を大分析!
才能開花させた豪腕投手からのアドバイス
兵庫県神戸市出身。小学一年生から父親の勧めで野球を始めた。甲子園を目指し、神戸市立神港橘高校へ入学。しかし新型コロナの影響で高校3年の甲子園大会は中止に。夢を見ることすらできず、幻と消えた甲子園のマウンド。ただ金丸投手はあくまでもポジティブに未来の自分自身の姿を描いていた。 金丸投手「(プロを)完全に諦めた訳ではなかったです。一時"無理だな"とは思ったこともありましたが、コロナ期間を乗り越えて、その間でもしっかりと自分を追い込んで練習はしていました。もう一度本気で目指そうと思って練習していました」 転機が訪れたのは関西大学入学後。元阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)で豪腕投手として鳴らした大学OBでもある山口高志さんからのアドバイスがきっかけだった。 山口さんから"試してみ"と言われ、始めたのが投球時振りかぶって投げるワインドアップ。金丸投手のフォームと合い、体重移動もしやすくなり、ボールの威力が増した。今や球界でも少数派となったワインドアップ投法が金丸投手の才能開花につながったのだ。
才能開花した大学時代
大学2年の春から3年の秋にかけて、リーグ戦で負けなしの18連勝を記録。瞬く間に"関西学生野球連盟に金丸あり"と名が広まった。無敵のサウスポーとして腕を振り続けていた当時の金丸投手を一番近くで見ていた関西大学野球部・小田洋一監督はこう語る。 小田監督「1年の秋からリーグ戦に登板して、そこから順調に階段を上って行きましたね。本当に一歩ずつ成長していったという印象が強いです」 入学当時、自信のある球はストレートだけ。勝負球となる変化球をなんとか身につけたいと練習に励んだのが、今や伝家の宝刀ともいえるスプリットだ。 金丸投手「ストレート以外でも空振りが取れるようになりました」 金丸投手の活躍は侍ジャパン井端弘和監督の耳にも届く。2024年3月、京セラドームで行われた欧州代表チームとの戦いに初招集されると、先発を任され2イニングをパーフェクトピッチング。しっかりと自分自身のパフォーマンスをマウンドで発揮できたことが、大きな自信となっていった。また一流のプロ野球選手と一緒にプレーできたことが金丸投手をさらなるステージへ進む後押しとなった。