トランプ政権の誕生はプーチンにとって福音か?有力石油会社3社の統合に透けて見えるロシアの苦境
報道によれば、ロシア政府は国内の有力石油会社3社を統合し、巨大エネルギー会社を設立しようと画策しているようだ。旧ソ連時代の石油工業省の再来との声もあるが、プーチン大統領は何を狙っているのだろうか。(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員) 【著者作成グラフ】ウラル産原油、ブレント原油、ESPO原油の価格推移。ウラル産原油は国際価格よりもこれだけディスカウントされている 米有力紙ウォールストリートジャーナルが11月9日付で伝えたところによると、ロシア政府は国内の有力な石油会社3社を統合し、巨大エネルギー会社を設立しようと画策しているようだ。ロシア最大の石油会社である国営のロスネフチの下、半国営のガスプロムの子会社であるガスプロムネフチと民間のルクオイルを合流させる計画だという。 この協議がまとまるかは定かではないが、仮に合意に達した場合、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコに次ぐ、世界で第2位の石油会社が誕生することになる。 ロシア政府がこの計画を立てる理由は、価格交渉力の向上にあるようだ。主要国による経済制裁の結果、ロシア産原油は国際価格(ブレント)より低価格で取引されている(図表1)。 【図表1 原油価格の推移】 ロシア産原油の主要な需要家は新興国、それも中国とインドだ。うち中国は、同様に主要国による制裁対象になっているイラン産原油も輸入していることで知られる。そのため、中国はイラン産原油と価格を見比べてロシア産原油の輸入量を決める。インドもまた、近隣の中東産原油との価格の見合いでロシア産原油の輸入量を決めている。 つまり、ロシア産原油の取引は、生産者であるロシアよりも需要家である中国やインドに有利に行われている。そこで、ロシア政府は石油会社を統廃合し、ロシアで独占企業体を作り上げることで、ロシアの対外的な価格交渉力を上げようとしているようだ。もちろん、ロシア政府は公式にこの計画を認めていないが、可能性は十分に高い。
■ ソ連石油工業省への先祖返り ソ連経済に明るい識者なら、これはソ連石油工業省への「先祖返り」だと思いつくだろう。ソ連時代、石油の生産と輸出はソ連石油工業省が独占して担っていた。このソ連石油工業省を母体に設立されたのがロスネフチだ。ロシアがウクライナに侵攻する前まで、ロスネフチには英BPなども出資していたが、現在は撤退している。 ロスネフチの株はモスクワ証券取引所に上場しているが、事実上、ロシア政府が唯一のオーナーだと言っていい。このロスネフチの下にガスプロムネフチとルクオイルを合併させたのち、非公開会社とすれば、純粋な国有企業となり、その利益はダイレクトに国庫に入ることになる。まさに、ソ連石油工業省時代と同じ構造になるわけだ。 新たに「ロシア石油工業省」が出来上がるとして、短期的なメリットは、やはり歳入の増加が見込まれることにある。最新7-9月期のロシアの連邦財政収支は0.8兆ルーブルの黒字と4四半期ぶりのプラスとなったが、ウクライナとの戦争の長期化で軍事費を中心とする歳出が膨張しているため、予断を許さない状況にある(図表2)。 【図表2 ロシアの連邦財政収支】 ロシアの2025年度の予算案では、資源価格の下落や経営が悪化するガスプロムへの減税措置などから、石油・ガス収入の減収が織り込まれている。一方で、ロシア財政にとって石油・ガス収入は命綱であることから、有力石油会社3社を合併して国の管理下に置き、石油部門からの収入の確保に努めたいという動機が政府に働くのは当然と言える。 他方でデメリットは何かというと、政府の影響力が強まることで、経営が放漫になることがある。国営企業でも株式を上場していれば、株価を通じて経営に健全化の圧力がかかる。しかし上場を廃止すれば、企業は政府による補助金を期待し、合理化に向けた取り組みを放棄する。いわゆる「ソフトな予算制約」の下で、企業の経営は悪化する。