初めての学校 いまが青春 夜間中学の体験教室
三重県四日市市の県立北星高校には、夜になっても明かりの消えない教室がある。夜間中学の体験教室「まなみえ」。義務教育を十分に受けられなかった人らのために週1回開かれ、教員免許を持つ先生が中学の国語や数学などを教える。 川越町の会社員川口佳奈枝さん(29)は、生徒の一人。愛知県の物流会社で午後6時半まで働いてから教室に向かう。「大変じゃない?」。よく聞かれる質問には、こう答える。「テストって嫌やな、と思うことさえも、私にとっては青春なんです」 ◇ 幼少の頃から、母との約束を守ってきた。「あなたは20歳になるまで家から出たらだめ」。たまに外出が許された時は、ランドセルを背負った小学生や制服姿の中学生を見てしまう。「なんで私は学校に行けないんやろ」。福井県の狭いアパートで母と8歳上の姉との3人暮らし。「うちにはお金がないの」と言われ、従うしかなかった。 一家で各地を転々としてきたためか、学校に行かなくても役所から連絡が来ることはなかった。住民票は福井になかったが、そんなことは大人になるまで知らなかった。 15歳になると、母と旅館で布団を敷くアルバイトをした。徐々に仕事よりパチンコにいく回数が増えていく母。コンビニとドラッグストアのアルバイトを掛け持ちし、家賃をひとりで払い続けた。「20歳まで」と約束したその日まで……。 ◇ 「○○小学校卒業」。履歴書にそこまで書いて手を止めた。「行ったこともない学校の名前を書くのは嫌だ」。家を出てから3年後、正社員になるための就職活動をきっかけに決意した。中卒認定試験を受けようと。 中学で使う教科書を取り寄せて少しずつ読み進めると、自分の中で何かが変わるのに気がついた。「私の存在価値って何?」。いつも引け目を感じて生きてきたのに、「頑張っている私」を初めて肯定できた。 ◇ 会社に就職し、仕事にも慣れてきたころ。ふと、昔見たテレビ番組を思い出した。親の虐待のせいで学校に通えなかった人がいる。そして、そんな人たちが学び直せる場所が存在する。番組は、そう伝えていた。 「私みたいな人がほかにもいるんや……」。そう思うとともに、大人が通える学校――夜間中学を初めて知った。「ちゃんと学校で学んでみたい。三重にもあるかな?」。調べてみると、県教育委員会が夜間中学のニーズを探るための体験教室「まなみえ」が、2021年に開校すると知った。 ◇ 初めて教室に入った時のことは今でも鮮明に覚えている。「黒板って本当にあるんだ」と驚いた。隣を見れば仲間がいて、難しい問題があれば「難しい」と言い合う。誰も互いを否定せず、ただ学びたいから集まっている。そんな空間だった。「学校」が待ち遠しくて、毎日わくわくしながら仕事を頑張ってきた。 まもなく約3年通った「まなみえ」を卒業する。津市に新たに開校する夜間中学「みえ四葉ヶ咲中」に入学するためだ。これまでより教科が増え、部活もできるのが楽しみだ。 担任として指導にあたった元中学校教諭の宮本まゆみさん(63)は「彼女が来るだけで、教室がぱっと明るくなる。前向きにチャレンジする姿のまま、これからも学び続けて」とエールを送る。 ◇ 過去のことは後悔していないし、不幸とも思っていない。この境遇だからこそ「まなみえ」に通えて、出会えた人がいる。家庭の環境に恵まれなくても、再び学ぶことができる制度があり、手を差し伸べ、励ましてくれる人がいた。 そう実感するからこそ、「いつか自分と同じような境遇の人を助ける活動をしたい」という新たな夢ができた。「誰かの光になれたら」。夕闇に浮かぶ校舎の窓にともる明かりが、その言葉と重なった。
取材後記
川口さんとは、津市に来春開校する「みえ四葉ヶ咲中」の学校説明会を取材した時に出会った。生い立ちを聞いて驚いたが、過去を恨まず、仲間とひたむきに学び続ける姿がまぶしかった。「挫折しても次頑張ればそれでいい」。記者になってまだまだ駆け出しの私自身が、川口さんの言葉に励まされた。(小林加央 24歳)