『宙わたる教室』になぜ誰もが夢中になったのか 再び会いたい科学部のメンバーたち
『宙わたる教室』は出会いによって人が変わる物語
変わったのは、岳人だけじゃない。自分にまるで自信のなかった佳純が、優秀賞に輝いてなお「ほしかった、最優秀賞……」と悔し涙を流した。悔しいと思えるのは、それだけ頑張ってきたからだ。あのとき、佳純は自分を信じることができた。上昇志向の強い母と折り合いが合わず、優秀な姉に引け目を感じ、心と体の両方に傷を負ってきた佳純が、初めて自分のやってきたことを信じられた。その変化も眩しかった。 いつも他人のことばかり気にかけて、自分のことを後回しにしてしまうアンジェラも、妻を病気にしてしまった自分への怒りに凝り固まっていた長嶺も、科学と出会い、実験を通じて、もっと自分が好きになった。毎日が楽しくなった。 何より、4人を導いてきた藤竹もまた変わった。愛する科学の世界が、ただピュアな好奇心と敬意だけで成り立っているわけではないという現実を知り、藤竹は失望した。けれど、アメリカでロビンという少年と出会い、科学の前では誰もが平等であるという信念を取り戻した。地位や生い立ちにかかわらず、誰もが純粋に科学と向き合える世界を目指して、東新宿高校定時制にやってきた。 最初は、藤竹のひとりよがりな“実験”だったかもしれない。でもいつしか“実験”はみんなの夢となった。そして、藤竹の仮説を上回る奇跡を起こした。教える立場の藤竹が、人の可能性を教えられた。4人と出会って、また科学が好きになった。『宙わたる教室』は、出会いによって人が変わる物語だった。
重力可変装置は人は変われるというメタファーだった
岳人たちが取り組んでいたのは、火星重力下でランパート・クレーターを再現するための衝突実験だった。第1話の冒頭で、相澤(中村蒼)の執務室から見える景色に、藤竹は恐竜を滅ぼした小惑星の衝突を重ねていた。天体の衝突は、強大な種族を絶滅に追いやるほどの力がある。それは同時に、新しい歴史の始まりをもたらす力でもある。 天体の衝突は、そのまま人と人との出会いに置き換えていいだろう。出会うことで、何かが始まる。変わることを描いたこの物語において、岳人たちが取り組むのが隕石の衝突実験であることは、まさしく必然だったのだ。 重力可変装置もまた、人は変われるというメタファーだった。木箱が落ちるコンマ数秒の間に、火星の重力をつくる。重力というすべての物体が逃れることのできないものでさえ、知恵とアイデアによって変えることができる。それはすなわち私たちを縛る重石なんてどこにもないのだと、誰もが自由に自分の道を選べるのだという証明でもあった。 だから、私たちは『宙わたる教室』を観て感動した。自分もまだ変われるかもしれない。まだ何か可能性があるのかもしれないと“その気”にさせられて、つい科学部の挑戦をワクワクしながら見守っていたんだと思う。 では、変わり映えのしない自分を変えるために何をすればいいのか。それもまた藤竹がすでに教えてくれている。 第1話で連立方程式がわからないとこぼすアンジェラに藤竹は言った、「受け身でいる限りは難しい」と。受け身の人間に、自分を変えることなんてできない。 岳人にしても、佳純やアンジェラや長嶺にしても、変わるきっかけをくれたのは藤竹かもしれない。だけど、そもそも定時制に通っていなければ、藤竹に出会うことさえできなかった。何かを学びたい。自分を変えたい。一縷の望みを託し、学校に通うと決めたから、彼らは出会った。自らの意志と行動が、道を切り開くのだ。 だから、もしも『宙わたる教室』を観て、自分も何かを変えたいと思ったなら、とる選択は一つ。とにかく手を動かそう。もがくようにがむしゃらに空を切る手が、いつか何かを掴むと信じて。
横川良明