日本の未来図かもしれない台湾映画「白衣蒼狗」 移民社会がもたらすもの
「不法移民」の窮状、搾取される構図
本作は、こうした台湾の「不法移民」の窮状を捉え、社会の暗部に鋭く斬り込んだ。物語の主人公はタイから来た「不法移民」の青年で、台湾の山間部にある田舎町で、高齢者や障害者の介護の仕事をしている。労働者たちを働かせているボスとの仲介役でもある。まるで奴隷のような劣悪な生活・労働環境で、闇社会の階層の底辺に置かれ、搾取される構図が見えてくる。 曽監督は2017年から、作品の構想を練ってきたという。87年、シンガポール生まれ。台湾ニューシネマに強くひかれて台湾に渡り、台北芸術大で映画演出の修士号を取得した。台湾を拠点に、東南アジアの移民に焦点を当てた作品を手がけてきた。 本作の製作を思い立ったのは、入管で出会った東南アジアの労働者たちの過酷な境遇を知り、憤りを感じたからだ。監督の親戚が病に倒れた際、家庭で介護することになったミャンマー人との意思疎通が難しく、寝たきり状態になってしまったこともきっかけの一つだという。「映画でもっとできることがあるはずだ」。映画の社会的責任について自問し、自身初となる長編作に挑んだ。
介護セーフティーネットの脆弱性浮き彫り
曽監督は「不法移民」について調べる中、台湾のへき地医療の体制不足や、生活に困窮する家庭では高齢者や障害者の介護を「不法移民」に依存している実態を知った。「山間部では介護が必要な人も、その人を介護する東南アジアの労働者たちも見えない存在になっていた」。その実態から、介護制度などセーフティーネットの脆弱(ぜいじゃく)性が浮かび上がる。高齢化が進む日本社会でも、今後こうした問題が起こるかもしれない。 本作には、不法移民の青年、彼らを雇うボス、障害者の息子の介護を頼む高齢の母親らが登場するが、「それぞれの立場があり、誰も悪い人はいない」と語る。移民たちの苦境に迫り、その心情を丹念に描いている。主人公の優しい人柄が静かに伝わってくるのが印象的だ。題名の「白衣蒼狗」については「(唐代の詩人)杜甫が書いている成語で、うつろいやすい、はかないという意味。作品にぴったりくると思った」と明かす。 「不法移民」の実態をえぐり出した本作は、台湾社会に大きな衝撃を与えた。金馬奨の映画祭で上映されると、チケットが完売した回が相次いだ。その反響の大きさが、社会に広がる問題の深刻さを物語る。人間の尊厳とは何かを深く考えさせられる一作だ。
毎日新聞外信部記者 鈴木玲子