【養老孟司氏インタビュー】肺がんが見つかっても「この年になれば、あって当然」と泰然 「自分が死んだ後のことを考えるのは時間の無駄です」
体の衰え、老後の資金、家族や親族との関係まで、歳を重ねると数々の「人生の壁」が立ちはだかる。この壁をどうやって乗り越えればいいのか――。誰もが悩む問いに、「がん」を含む人生の苦楽を知り尽くす、解剖学者の養老孟司氏が答えた。常識や通説から離れ、心と体を軽くする意識改革提言をお届けする。
「生きる意味は何か」なんて考えるから苦しくなる
今年の春に肺がんが見つかりました。86歳の老人に治療しても無駄だと思ったけど、家族やお医者さんたちが親身になってくれるのを見て、そういう好意に抗うのも違うかな、と。抗がん剤と放射線治療を受けて、だいぶ調子は良くなった。 この年になれば、がんのひとつやふたつ、あって当然。今回はたまたま地雷を踏んだだけ。毎日吸っていたタバコもやめるつもりはありません。 自分が死んだ後のことを考えるのも時間の無駄です。必死に相続の準備をする人がいるけど、頑張りすぎないほうがいい。 死んだ後には遺された家族の在り方がえらい変わるんです。何を考え、何を望むのか、家族自身もわかってない。いま遺産が欲しくても、死んだ後は「やっぱりいらない」と思うかもしれません。 私も妻に言われて遺言書を書いたけど、全然ちゃんとした形式を踏んでなくて、ただ書くフリをしただけ(笑い)。膨大な虫の標本をどうするんだと言われても、知ったこっちゃない。後で家族がどうにかするでしょう。 結局のところ、「生きる意味は何か」なんて考えるから苦しくなるんです。あらゆる生命が存在しているのは行きがかりのようなもの。「仕方なく生きる」という精神を忘れてはいけません。 それを勘違いさせてしまった原因のひとつは都市化です。道路でも電柱でも、設置されている物には何らかの意味があり、目的がある。そこでの生活に慣れると、人工的に作った世界にだけ脳が順応してしまうんですね。 だけど自然の世界はそうじゃない。木々が子孫繁栄を願っているわけがなく、ただ行きがかりでそこに生えただけです。 例えば家のなかに意味の無いものを置いてみるといいですね。大きな石をひとつ置いて、1日10秒見つめると脳にいい影響が与えられます。 子供心に返って「楽しいと感じること」を探すのもいい。余分なことは気にしないで、自分の好きなようにやりましょう。 人生の壁を乗り越えるには、「囚われない、偏らない、こだわらない」。これが一番大事です。 【プロフィール】 養老孟司(ようろう・たけし)/1937年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒。解剖学者。東京大学名誉教授。著書に『バカの壁』『唯脳論』『なるようになる。』『人生の壁』など。 ※週刊ポスト2025年1月3・10日号