真ん中ではない作品だからこそ今の世の中を映し出せる

渋谷には西洋の価値観を、否定や排除するつもりはまったくない。たとえば第二部の「On Certainty」という曲では、西洋哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの言葉を詞に借りている。西洋の文法に従いつつ、西洋の価値観だけに閉じ込められない、より幅広い視点からAI時代の行く末を案じた作品に仕上がっているのだ。 タイトルの『MIRROR』については、劇の冒頭で映し出される渋谷の言葉がその意味を説明する。 “アンドロイドは鏡である。 音楽もまた鏡である。 それらは私たち自身を映し出す。 存在と非存在の境界はどこにあるのか？ 過去と未来の境界はどこにあるのか？ そしてそれらはどこに存在するのか？ この新しい経験を共に祝祭しよう。” おそらく西洋の価値観だけにとらわれた従来のオペラであれば、今日の世界を動かす多様な価値観の、ほんの一部しか映し出せない“小さな鏡”になっていたかもしれない。これに対して『MIRROR』は、東洋の価値観にくわえ、幼いチャレンジドや、人間ではないAIやアンドロイドも巻き込んだ舞台にすることで、幅広い人類の全身像を映し出せる鏡になったのではないか。 渋谷も「真ん中ではない、普通だったらあり得ない組み合わせを創ることで、今ここには存在しない可能性を見せられると思う」と、話す。 もちろん、そうした“あり得ない”取り合わせや非主流なものを扱うことに対して批判がないわけではない。ヨーロッパはAIなどにアンチを掲げる人も多く、インタビューで渋谷に対し「あなたはAIに人類が殺されるのを見たいんですか？」と、質問された経験もあるという。そして、そうした質問にはこう答えていたという。 「ごめん、正直見たいと思うって最初に言ってみるんです（笑）。それから、別にAIが殺さなくても、今、世界は明らかに終わりに向かっていて、もしかしたら我々が終わりの瞬間を目撃するかもしれない。それは誰にも止められないこと……芸術とか音楽が止められるなんて考えるのはあり得ないと話し始めて。仮に世界が終わったとしても、その過程とその後が美しければいいじゃないか？だったら、世界の終わりを終わらない存在であるAIとアンドロイドと共に祝福するような作品を作ってシミュレーションすることで、観客に、違う可能性に思いを馳せてもらった方が有意義なんじゃないかと思うとか言うと、それは面白い考え方だと納得してましたね」 渋谷の言葉の通り、90分ほどに及ぶ東京凱旋公演を通して人類が滅亡する世界を目の当たりにした観客たちは、そのカタルシスによって浄化されたようなスッキリした顔に笑みを浮かべ喝采を送っていた。 記事の後編では、アンドロイドオペラ、『MIRROR』の詳細に迫る。