中国政府は「10万人の娼婦」を壊滅させたはずだったが…この10年で激変した「中国のセックス産業」の現在
■性産業は地下に潜った ところで、東莞の性産業は壊滅したが、いうまでもなく、中国から売春が消えたわけではない。 広いホールで女たちがセクシーな衣裳を身にまとい、列をなして愛嬌ある声で「いらっしゃいませ」と男たちを迎える光景は、もうどこの地方でも見られない。 しかし、かたちを変えて性産業は依然として続いている。厳しい取り締まりを受けても、地下河川のように地上から地下へと潜り込み、勢いが衰えずに膨らんでいる様子を見せている。つまり、一つの巨大な地下産業として成長しているのだ。 ■ウィーチャットで売春取引が可能になった この変化には10年近くかかった。最大の理由は、中国で2000年からインターネット技術が急速に普及し始めたことにある。 「いらっしゃいませ」という女性の声は聞こえないが、性産業は見えないところで、ハイテクの力を駆使して勢いよく展開されている。 インターネット世界における性的取引は、基本的に発覚することは稀で、隠蔽性が非常に強い。SNSはその一例で、男女交際アプリを使えば、簡単に性的情報を発信できる。 さらに、ウィーチャット(LINEと同じ)を利用すると、2人だけの密閉された空間にいるため、詳細な性的取引が容易になる。このような「場所」では、売春行為の摘発はほぼ不可能だろう。
■SNSで使われている「暗号」 性的情報の発信は暗号化されることが多く、立証は非常に困難だ。 たとえば、SNSを使用した売春では、次のような「暗号」が使われる。 「喝茶」(お茶を飲む) 「新茶已到」(新茶が入荷する) 「你今天来喝茶吗?」(今日お茶を飲みに来ますか) 「最近茶叶怎么样?」(近頃、お茶の味はいかがでしょうか) …… これらの「お茶」はいずれも符丁で、女性を指す。 また、SNSは、通常では一生会えないかもしれない人たち、どこにいるかわからない人たちが集う交際の場としての特徴ももつ。 そのため、売春組織者と売春婦たちは、一度も面識のない「赤の他人」のような関係であることも多い。 その結果、売春婦が捕まっても、刑法上、より罪の重い組織運営者の居場所を突き止め、法で裁くことはほとんどできないのだ。 ■1日100件の売春が摘発された浙江省 2021年4月、浙江省政府はホームページで、2015~20年までの5年間に摘発された売春事件が18万2737件に上ったことを発表した。1日100件の売春が摘発された計算だ。水面下のものも含めれば、実際の売春行為はその1000倍は発生しているのではないだろうか。 2023年3月28日付の「上海法治声音」(上海市政府系ネットニュース)によれば、2022年に警察が全国で摘発した売春と賭博の治安事件は、40万件あまりにのぼっているという。 日本では売春を犯罪事件とするが、中国では売春(組織者を除く)が刑事犯罪にならず、治安条例違反の不法行為と見なされる。賭博については少人数で金額が小規模ならば、同じく刑事犯罪にならず、治安条例違反の不法行為と見なされる。 前述の検挙数で、売春と賭博が半々だとすると、売春は毎日548件摘発されていることになる。 ただし、日頃、警察が発表している摘発事件はほとんどが売春事件で、小規模の賭博事件にふれることは稀である。実際には、売春の摘発件数は賭博を大きく超えているはずであるから、2倍だとすると、売春が毎日1000件あまりも発生している。そして、摘発されない地下売春事件の数は計り知れない。 驚くことに、ゼロコロナ政策の終了宣言が行われたのが2022年12月である。ということは、ロックダウンの時期に、これだけの売春が行われていたということだ。 ---------- 邱 海涛(きゅう・かいとう) ジャーナリスト 1955年中国上海生まれ、上海外国語大学日本語科卒業。父親は国民党による台湾人弾圧「228事件」をきっかけに、台湾から中国へ逃れており、台湾にルーツを持つ。1985年に来日し、慶應義塾大学および東京外国語大学で学んだ後、日本企業で10年間勤務する。1995年、日本に帰化。現在、中国と日本の間で出版や映像プロデューサーとして幅広く活動中。著書に『中国五千年性の文化史』(徳間文庫)、『ここがダメだよ中国人!』『中国大動乱の結末』『中国でいま何が起きているのか』(以上、徳間書店)、『中国セックス文化大革命』(徳間文庫カレッジ)、『チャイニーズ・レポート』(宝島社)など多数。 ----------
ジャーナリスト 邱 海涛