ドラえもん声優・大山のぶ代がチンピラを前に見せた驚きの演技。アニメ化にさほど乗り気でなかった藤子・F・不二雄が思わずもらした言葉とは
「ねえ、あの子たち、助けてあげない?」
その頃から、カミさんは皆に「ペコ」というあだ名で呼ばれていた。 「どうしてペコって言うの?」 「鼻がペコンとしているからかしら。自分でも理由はよく分からないのよ」 そう笑う彼女の印象は“豪快”そのものだった。 実際、サバけた性格のカミさんは、俳優仲間からも一目置かれていた、外見は派手だけれど、後輩を自宅に呼んで得意の手料理を振る舞ったり、借金の世話まで焼いてあげたり。その面倒見のよさで「女親分」なんてあだ名もついていたくらいだ。 “女親分”のカミさんと“出前持ち”の僕の距離が近づいたのは、舞台の本番を控え、明け方まで歌の稽古をしていた日のこと。休憩の合図を聞き、僕はスタジオで共演者に声を掛けた。 「眠気をさますためにも、いい空気を吸いに外へ出ませんか?」 けれど、誰からも返事は聞こえない。全員、疲労困憊で座り込んでいたのだ。 「あたし、行くわ! ついでに、みんなの飲み物も買ってくるわね」 僕を気の毒に感じたのだろうか。一人だけ立ち上がってくれたのが、彼女だった。 そして僕は愛車の助手席にカミさんを乗せて、買い物をしに夜明け前の街に繰り出した。長時間の稽古中にもかかわらず、ドライブ中もよくしゃべる彼女のおかげで、車内にはおだやかなムードが流れていたが、皇居前に差しかかったとき、空気が一変した。 反対車線の歩道で、いかにも中学を卒業後に上京してきたばかりという風情の15~16歳と思しき少年二人組が、ガラの悪いチンピラ男に絡まれていたのだ。僕は気の毒だと思いながらも、その場を通り過ぎようか悩んでいたとき、彼女の声が響いた。 「ねえ、あの子たち、助けてあげない?」 その言葉を聞き終わる前に、僕は車をUターンさせていた。そして、胸ぐらをつかみながら少年に殴りかかろうとするチンピラ男の横に、車を急停車した。
仙台訛りでチンピラを撃退が、「運命の赤い糸」だった
「あのう、スミマセン。神田のほうへ行くのは、こっちでいいんですか?」 窓から身を乗り出して、チンピラ男ににこやかに尋ねるカミさん。さすが女優、堂々とした演技だ。 怪しまれないように、僕も恐る恐る後に続く。 「さっき道を聞いたおまわりさんは、ここを真っすぐって言ってたんだけどな。この道でいいんですか?」 「あぁん?あんたら神田も知らねえのか。どこから来たんだ?」 「あ、仙台がらです……」 僕はとっさに訛りながら、おふくろの故郷を口に出した。 「仙台か。しょうがねぇな、神田は反対だよ、反対」 「えっ。まだUターンすか?」 マズいぞ、このままでは会話が終わってしまう。なんとかチンピラ男の注意を引きつけている間に、少年たちを逃がさなくては―。焦った僕の気持ちを察したかのように、カミさんはまたも堂々たる演技で、訛ったまま話を続けた。 「もぉう……。まだ間違えちゃったわ。あんだ、やっぱり反対でえがったんだ」 「チッ。まったく田舎のヤツは。ここをなぁ、Uターンして真っすぐ行くと、道が二又に分かれてるから……」 カミさんの迫真の演技に上手いこと引っかかったチンピラ男は、運転席に近づいてきた。 しめた、今だ! カミさんは、必死に少年たちに目で合図を送っている。ところが、彼らはなかなか気づかない。ハンドルを握る手から脂汗がにじみ出ていた。 ようやくカミさんの合図に気づいた少年たち。そっと駆け出して行ったのを見届け、 「そうですか、やっと分かりました! どうもありがとうございます」 僕は車を急発進させた。 残されたチンピラ男が振り返ったとき、少年たちの姿はもう、そこにはなかった。 地団太を踏むチンピラ男をバックミラーに眺めながら、僕は胸をなで下ろした。 「うまくいった……」 僕たちは、お互いの顔を見合わせて笑った。 台本がなくても、二人の息はピッタリだった。声に出さなくても、お互いの気持ちが空気を伝って分かり合えたような気がしたのだ。後で聞いたのだが、それはカミさんも同じだったのだという。 「運命の赤い糸」などというものは信じていないのだが、もし赤い糸があるならば、僕たちの小指に結ばれたのは、生まれたときでも出会ったときでもなく、このときだったのだろう。 この事件のおかげで、ただの共演者に過ぎなかった僕たちの関係は、一気に進展。すぐに交際に発展し、彼女のアパートで、こっそりとデートを重ねるようになった。