冷戦終結後のアジアと日本(8) 中国の権力構造と政治状況から日中関係を分析:国分良成・慶應義塾大名誉教授
慶應の中国政治研究の系譜
小嶋 先生ご自身のご研究についても伺いたいと思います。 国分 そもそも、政治学というのは、権力構造を明らかにする学問分野です。特に中国の場合は一党独裁体制だから、権力を外してしまうと何も見えてこない。ただ、私が権力を課題とした点は、慶應の中国研究の系譜に由来するところがあります。恩師の石川忠雄先生の研究の新しさは、中国革命の成功、中国共産党の勝利の原因を解明するという従来の革命史の議論から離れ、焦点を中国共産党内部の権力構造に据えた点にありました。まさにベンジャミン・シュウォルツの研究のような、中国共産党とソ連共産党の差異に着目した中国共産党論の手法を日本に持ってきたわけです。門下生たちは、強くその影響を受けました。 私の兄弟子にあたる徳田教之先生は、石川先生の研究を引き継ぐ形で、延安期から1950年代までの毛沢東の権力確立過程を研究しました。同じく兄弟子の小島朋之先生も、大衆運動へと視点を広げながら共産党の権力の解明という点では一貫していました。また、共産党研究とは別の視点から中華民国史、国民党史を研究され、「中国共産党史観」に代わる「民国史観」を提起したのが山田辰雄先生です。さらに、共産党権力を支える人民解放軍や中国の軍事問題の研究に専心したのが平松茂雄先生でした。 私の場合は、改革開放で中国社会が大きく変わりつつある中で、党中央権力と官僚機構の再構築のありさまに関心を持ちました。権力の部分を外さないという慶應の中国研究の特徴を踏まえた選択です。それに1980年代前半のミシガン大学留学時に、私の受け入れ教授のマイケル・オクセンバーグ教授とケネス・リーバソール教授がエネルギー・セクターの政策形成についての共同研究を始めていて、それを横から見て刺激を受けました。彼らも私が国家計画委員会に注目したことに関心を示してくれました。 また、対外発信を重視すると、どうしても比較的海外の関心の高い日中関係を論じることになりますが、その際にも中国国内の権力問題と外交との関係に視点を定めました。なぜなら、日中関係は主に日本外交史研究が語っていて、中国側から日中関係を見据えたものがほとんどなかったからです。そもそも世界では中国の対米外交ならまだしも、対日外交について中国国内で政策や権力の葛藤があるとは誰も考えていなかった。そこで、私は中国政治から見た日中関係を自らの視座としてきたわけです。 小嶋 それでは習近平政権の権力をどう見ていらっしゃいますか? 国分 中国を見ていると、一見制度化が進んでいるように見えても運用面の問題で実際には制度化が進んでいない。特に次の指導者を選ぶルールがないことが中国の最大の弱みです。ルールが存在しない以上、結局権力闘争が起きるのです。 また、習近平政権の下では、権力構造が硬直化して袋小路に入っている印象を受けます。権力によって言論空間が柔軟性を失い、昔は語れたことも語れなくなってきている。かつては『人民日報』を読んでいても、最初の部分こそ自己礼賛が並んでいても、途中から「だが、わが国にもさまざまな問題がある」と客観的な分析があったのですが、それがなくなっています。余裕がなくなり、自分を相対化できていないのです。