「中学校までの記憶がない」子どもの頃の話を避ける人が隠しがちな心の傷。その傷が腐り始めた男性の身に起きたこととは
◆問題の本質を把握して解決 ところが、なんとその傷が心の中で腐り始めた。 その結果、彼は常に得体の知れない緊張感と漠然とした不安に駆られ、時折湧き上がる他者への怒りをコントロールできなくなった。 蓋をしてあった傷が、事あるごとに外へ出ようとするようになったのだ。 ソンウさんの場合、孤独で不幸な幼少期を認めることは大きな苦痛であり悲しみだった。 だが私とのカウンセリングをとおして、満たされなかった幼少期を認めた彼は、ついに自分と両親の実情にきちんと目を向けられるようになった。 その後さらに、母自身も傷ついていたことに気がつくと、母に対して抱いていた得体の知れない心理的な負担や居たたまれなさからも抜け出すことに成功した。 蓋を開けて中の傷を観察し、問題の本質を把握して解決するための力を得たのである。 今の彼は毎週の実家帰りもしていない。母に愛されたかった過去と決別した彼は、手遅れでないことを祈りながら、その分の時間を妻との関係修復に充てている。
◆葛藤が生まれるのは当然 誰にだって不幸だと感じた時間はあるものだ。恥ずかしくてたまらない時間もあっただろう。 それでも一時的な平穏を求めてその不幸を否定してしまえば、自然治癒のチャンスを失い、ますます傷を腐らせることになる。 傷に蓋をしたところで何の役にも立たない。 だから、もしあなたが不幸な過去に囚われて苦しんでいるのなら、これからは恐れることなく勇気を出すべきだ。 過去の不幸を認めて傷を直視してこそ、それを治す力も得られるからである。 また、誰もが夢みる、おいしい夕食を囲んで仲むつまじく会話を交わす温かな一家団欒も、それぞれが自分のことで忙しい現実の家庭ではなかなか実現するのが難しいものだ。 それに温かな家庭とは、根本的に「けんかをしない家族」ではなく、「けんかをしてもすぐに仲直りができる家族」である。 人が交わって暮らしていれば、たとえ家族間でも葛藤が生まれるのは当然だ。 問題解決のためには声を荒らげることもあれば、意見の対立でけんかになることもある。 だが温かな家庭は葛藤を恐れない。葛藤が生じても、どうにかしてそれを解決するべく互いに努力できると信じているからだ。 反対に、けんかがない家は「温かな家庭」ではなく、「お互いに葛藤から目をそむけている家庭」という可能性がある。 そういう家のベースにあるのは、平和ではなく息も詰まるような沈黙だけだ。 そういうわけで、まずは「温かな家庭」に対する誤った幻想から抜け出すことだ。 世の中には、問題や葛藤がない家など、どこにもないのだから。 ※本稿は、『「大人」を解放する30歳からの心理学』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。
キム・ヘナム,渡辺麻土香