ブラジルW杯 注目のファンタジスタ
1990年代のサッカー界を風靡していたロベルト・バッジョの閃きあふれるプレーに対して、母国イタリアのメディアが畏敬の念を込めてある造語を贈った。想像を意味するファンタジア(Fantasia)に人を表す語尾(‐ista)を組み合わせた「ファンタジスタ」は、カルチョの国だけにとどまらず、ファンを魅了する創造性をピッチで体現する司令塔タイプの選手に対する究極の賛辞として世界の共通語となった。 もっとも、守備面のタスクを免除され、運動量の少なさにも目をつぶってもらう傾向が強い存在ゆえに、フィールドプレーヤー全員に攻撃と守備を求める現代サッカーにおいては、「ファンタジスタ」はいわゆる絶滅危惧種に指定されていると言っても決して過言ではない。間もなく開幕するワールドカップ・ブラジル大会に臨む選手たちの中で「ファンタジスタ」という言葉が似合うのは、イタリア代表の攻撃を仕切るこの男しかいないのではないか。 ■アンドレア・ピルロ[イタリア代表/ユベントス/177cm、68kg] 元日本代表MFで、現在は解説者を務める水沼貴史氏も「もしかするとファンタジスタと呼ばれる最後の選手になるのでは」と5月に35歳となったピルロのプレーに注目している。「相手のプレッシャーを最も回避しやすい場所でボールを受けて、味方の攻撃陣を自在に操って、中盤の他の選手たちがピルロのために守備面で汗をかく。30m前後の中距離パスの精度がずば抜けて高いから、トップ下よりも低い位置でピルロは生きることができる。相手の守備網の隙間だけでなく、ピッチの上の空間をも上手く使って決定的なパスを出せる。技術が高いことに加えて、視野を広く保てなければできないプレースタイルだと思う」。 昨年6月のメキシコ代表とのコンフェデレーションズカップで、国際Aマッチ通算100試合出場を達成。前半27分には芸術的な域に達しているフリーキックをメキシコゴールに突き刺し、イタリアサッカー史上で5人目となる大台到達に花を添えた。すでに今大会限りでの代表引退を明言している。チェーザレ・プランデッリ監督はピルロをアンカーに配置し、その創造性を最大限に生かすために運動量が豊富なダニエレ・デ・ロッシ(ローマ)、クラウディオ・マルキージオ(ユベントス)らに守備面をカバーさせる「ピルロ・システム」を構築。守備を重視するイタリア伝統のスタイルとは一線を画す、攻撃的なポゼッションサッカーを掲げてきた。 ブラジル大会ではイングランド代表、ウルグアイ代表がそろうグループDに入った。トップ下を務めるリッカルド・モントリーボ(ACミラン)の故障欠場は確かに痛手だが、いわゆる「死の組」を勝ち抜き、上位進出を目指す上で、それだけ3度目のワールドカップで集大成を誓うベテランの存在感が増してくる。 ■ルカ・モドリッチ[クロアチア代表/レアル・マドリード/174cm、65kg] 12シーズンぶりにチャンピオンズリーグを制した名門レアル・マドリードの中盤をけん引したモドリッチは、母国では「クロアチアのヨハン・クライフ」なる異名を頂戴している。全世界的に減少傾向にある「ファンタジスタ」という垣根を飛び越え、ボランチを含めたミッドフィールダーという大きな範疇の中で選手をくくったときに、水沼氏は「アルゼンチン代表のディ・マリアとともにぜひとも見てほしい選手」としてモドリッチの名前を挙げる。 「決してサイズに恵まれている選手ではないが、運動量が非常に多く、ボール奪取能力も高い。ボールさばきも非常に上手いが、フィニッシュに即つながるスルーパスではなく、フィニッシュの前の段階でボランチの位置から効果的なパスを出せる点に最大の特徴がある。前線にしてもサイドにしても、そこへ出せばどのようなことが起きるのかを的確に見極めてパスを選択できる数少ない選手の一人と言っていい」 2大会ぶり4度目となるワールドカップでクロアチア代表はグループAに入り、全世界が注目する現地時間12日の開幕戦でブラジル代表と対峙する。出場権を獲得したアイスランド代表とのプレーオフの第2戦で退場処分を受けたエースストライカー、マリオ・マンジュキッチ(バイエルン・ミュンヘン)を出場停止で欠く中で、モドリッチにイバン・ラキティッチ(セビージャ)、マテオ・コバチッチ(インテル)が絡む中盤の構成力が問われる一戦となりそうだ。