なぜ「自動車不正」問題は起きたのか “どうでもいい仕事”があふれる残念な現実
「メディアは不正、不正って騒いで“日本車の信頼失墜”とか批判しているけれど、日本の自動車メーカーは独自に世界一厳しい基準で性能試験をしているので、安全性にはなんの問題もない。日本の競争力を奪いたい連中の揚げ足取りだろ」 【画像】「クソどうでもいい仕事かどうか」要チェック 「日本の自動車メーカーの職人気質やカスタマーファーストの効率化が、国の時代錯誤的な制度にマッチしなくなっただけだ。悪質性もないしこんなもん不正のうちにも入らない」 自動車メーカー5社が、自動車を大量生産するために必要な「型式指定」を取得するための性能試験で不正を行っていた問題を受けて、ネットやSNSではこんな「擁護論」が盛り上がっている。火をつけたのは、トヨタ自動車の豊田章男会長による謝罪会見での「ぶっちゃけトーク」である。 「今日の会見で言うべきじゃないんですが、やはりこれをきっかけに、国とOEMがすり合わせをして、何がお客さまのために、そしてまた日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論になっていくといいなというふうに思います」 ご本人がおっしゃるように、「不正企業側」がこのような問題提起をすることは企業危機管理では御法度とされる。聞きようによっては「そもそもこんなしょうもない制度があるからいけないんですよ」と国にケンカを売っているように受け取れるからだ。 しかし、この「提言」が、専門家や業界関係者だけではなく自動車ユーザーのハートに火をつけて冒頭のように、「マジメな民間に不正をさせてしまうような時代遅れの制度が悪い」といった擁護論が盛り上がったという流れだ。 そんな「認証制度バッシング」を見ていてつくづく感じるのは、「日本はブルシット・ジョブで成り立っている」というシビアな現実である。
ブルシット・ジョブとは?
ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)とは文化人類学者のデヴィッド・グレーバー氏が提唱したもので、「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるムダな仕事」を指す。今回の自動車メーカー擁護論を信じれば、認証制度は典型的なブルシット・ジョブである。 型式指定とは、このクルマがちゃんと安全に走行できることや、環境負荷を軽減できていることの「お墨付き」だと国は胸を張るが、自動車メーカー各社はそれ以前に、はるかに厳しい基準の試験を独自で実施している。 では、なんでそんな二度手間をするのかというと「大量生産」の資格を得るためだ。国の保安基準を満たしたモデルは出荷前に車検に相当する「完成検査」をパスしたと見なされ、一台一台チェックを受けなくていい。つまり、事務手続きにすぎない。 だから多くの自動車ジャーナリストやメーカー側が主張しているように、「不正だけど安全性にはなんの影響もない」ことになる。守らなくても問題のない制度など、無意味で不必要だ。 そのくせ、国が定めた基準を厳密にクリアしないといけないので、手間と時間がやたらかかってしまう。エンドユーザーのため、安全なクルマをスピーディーに大量生産しているメーカーからすれば、「有害でさえあるムダな仕事」と言っていい。だから、「こんなもん適当に数字を合わせりゃいいだろ」というモラルハザードが起きて、不正がまん延するのだ。 そう聞くと、「日本の自動車メーカーの競争力向上のため、そんな意味のない制度はさっさとやめちまえ」と思うだろうが、そういう善悪論だけで語れないのがブルシット・ジョブの悩ましいところなのだ。