レイラ・ハサウェイが語る、黒人文化の誇りと驚異的なボーカル表現の秘密
5度のグラミー賞受賞を誇る現代屈指のボーカリスト、レイラ・ハサウェイ(Lalah Hathaway)。90年代初頭から活動する彼女はデビュー時からずっとトップ・アーティストであり続けているわけだが、2010年代以降の活躍は特筆すべきものがある。多くのアーティストがレイラの声を求め、そこからいくつもの傑作が生まれた。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 ロバート・グラスパー『Black Radio』、スナーキー・パピー『Family Dinner』、ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』など、レイラの高い技術と表現力はアーティストたちが時代を切り開くために必要な要素だった。特にロバート・グラスパーは『Black Radio』3部作のすべてで彼女とコラボ。しかも、アルバムの中でも鍵になるようなカバー曲で彼女を起用していた。「Jesus Children」ではグラミーを受賞。レイラの声がなければ『Black Radio』は成立しなかっただろう。 そんなレイラを慕うアーティストは後を絶たない。タンク&ザ・バンガスやムーンチャイルドのような次の世代も彼女をリスペクトし、共演を熱望した。今や彼女に言及する際に、父親のダニー・ハサウェイを引き合いに出す者はいない。誰もが現代最高のボーカリストとしてレイラを尊敬している。 今年リリースされた最新アルバム『VANTABLACK』は、アフリカン・アメリカンの音楽と文化への尊重を欠かさない彼女らしさが、これまでのどの作品よりも感じられる。ゴスペルを出発点にソウル、R&B、ジャズ、更にはヒップホップやハウスまでも内包したサウンドは、現時点での集大成ともいえるだろう。タイトルはこの世で「最も黒い物質」のひとつに由来。多くの物質は光を跳ね返すが、『VANTABLACK』はほとんどの光を吸収する。すべてを吸収し、最も黒く存在する。これほどレイラにぴったりのタイトルもない。 11月17日(日)、11月20日(水) 、11月21日(木)の3日間、レイラはビルボードライブ東京で来日公演を行う。そこで披露されるであろう『VANTABLACK』の予習としても読んでもらいたい。 * ―『VANTABLACK』のコンセプトを聞かせてください。 レイラ:『VANTABLACK』というのは、本当に真っ黒な黒という意味。今回のアルバムは2020年に制作を始めて、それがレコードになるのかもわからないまま、ただただ音楽制作に取り組み、パンデミック期間でかなりクリエイティブな状態になっているときに作ったもの。パンデミック期間中、私はアフロセントリックを観察し、ニュースを見て、黒人女性の視点から物事を考察し、想像する時間がたくさんあった。テレビではジョージ・フロイドやBLMのニュース、抗議デモがたくさん取り上げられていたしね。このアルバムは、アメリカの黒人女性としての私の気持ちが表現されている。あと、『VANTABLACK』という言葉の響きもすごく気に入ったのよね。 ―サウンド面のコンセプトはどうですか? レイラ:私が求めていたのは、自分自身が好きだと思えるものであることと、まとまりのあるサウンド。今回は3人のプロデューサーとしか仕事をしていないから、アルバムのサウンドスケープにはまとまりがあり、超ハイファイであると同時にただただ気持ちがいいサウンドが出来あがったと思う。そして、最初から最後まで一つの物語を聴くことができるようなものにしたかった。 ―『VANTABLACK』収録曲のうち9曲がフィル・ボードローとの共同作業です。彼を起用するようになったきっかけを教えてください。 レイラ:私たちは、それぞれレックス・ライドアウトと仕事をしたことがあって、レックスはフィルが参加しているAOEというプロジェクトを担当していたんだけど、彼らに会ったほうがいいとレックスが勧めてきたの。で、会った時に始めて彼が作っている音楽を聴いて、その瞬間「絶対一緒に仕事がしたい」と思った。彼は手がける曲のすべてが「これ私のための曲じゃない?」と思わせる数少ないプロデューサーの一人。聴いた瞬間それに合わせて歌えるくらい。それ以来フィルとはずっと一緒に仕事をしてきた。彼は、私の美学や音楽的精神を本当にしっかりと理解してくれている。一昨年、「This Christmas」を父の声と私の声を使ってリメイクしたんだけど、それをプロデュースしたくれたのもフィルだった。今はCatpackというバンドもやっていて、アンバーとジェイコブと3人で大忙し。でも彼は、どんなに忙しくてもできればずっと一緒に仕事がしたいと思える人。 ―実は少し前、Catpackにもインタビューしました。フィルは優秀なプロデューサーですよね。彼のどんな部分があなたの作品に必要だったのでしょうか。 レイラ:彼には何も求めなかった。例えば「So In Love」は、黒人愛をテーマにしたテレビ番組のためにラブソングが必要で、それを手伝ってほしいとフィルに伝えたらあの曲ができた。彼にある特定のサウンドを求めるというよりは、彼はアイディアを形にするのがうまくて、それを手伝ってくれるの。私が「トンネルや森の中にいるような、そんな曲を作りたい」といったら、彼が形にしてくれる。アルバムの最初のトラック「BLACK.」も、私が砂の中にいて、その砂の中から立ち上がり、ラクダに乗って空を飛んでいる、というストーリーを彼に伝えたら、私の頭の中にあるイメージやフィーリングをうまく解釈してくれた。だから、彼に多くを語る必要はなく、ディスカッションもほぼいらない。彼は、本当に器用にストーリーを音にしてくれる。 ―ちなみに、「トンネルや森の中にいるような曲」というのはどれのことでしょう? レイラ:「Tunnels」ね。 ―この曲はひたすらハミングだけ。バックトラックの音色や音数の少なさも印象的です。 レイラ:フィルには「夕暮れ時に歩いているような曲がいい」とも伝えたかな。彼は私の美学をよく理解してくれて、そこからこの曲が出来上がったわけだけど、たまたまウィローに送ったら歌いたいと言ってくれて。それで言葉のない、あのフックを書いて戻してくれたというわけ。彼女はすごく才能があるし、これからも成長を見届けるのが楽しみ。 ―ほかにも収録曲のうち5曲にArizaが参加しています。 レイラ:パンデミックの時、TikTokでArizaとAstyn Turrが歌う「Sink Or Swim」という美しい曲を見つけて、その曲は即座にお気に入りの曲になった。彼女の歌い方、曲の書き方、楽器編成、そのすべてが素晴らしくて。そこで私は、TikTok経由でArizaに連絡をとって、一緒に仕事をしないかと誘ったの。一緒に書いた最初の曲は「Returning」。彼が作った音に合わせて私がメロディを思いつき、歌って彼にスマホで送って、彼がそれを曲にプログラムする、といった流れだった。フィル同様、彼も私の美学を理解してくれていて、アイディアを素早く引き出す方法を知っている。 それに彼は、エレクトロニックとアコースティックのハイブリッドのような美しいサウンドを作ることに長けている。それは他にはない特徴的なサウンドだし、アーティストを惹きつける。だから彼の曲を少し聴いただけで、一緒に仕事がしたいと思ったの。彼と知り合えたのも本当に幸運だった。 ―「No Lie」にはマイケル・マクドナルドが参加していますね。彼を迎えた理由は? レイラ:彼がマイケル・マクドナルドだから(笑)。レジェンドだもの。クリストファー・クロスやケニー・ロギンス、スティーリー・ダンのレコードをはじめ本当にたくさんのレコードに参加していて、彼のボーカルの質感はそれらすべてのレコードから感じられる。私にとって彼の声はとても象徴的で、その質感を自分のレコードにも持たせたかった。 ―元々知り合いだったりしたんですか? レイラ:彼に初めて会ったのは数年前。チャカ・カーンと一緒にLAのグリーク・シアターで演奏していて、その時に知り合ったかな。 ―マイケル・マクドナルドが過去に歌っていた曲で一番好きなものは? レイラ:たくさんありすぎて、選ぶのは本当に難しい。ケニー・ロギンスの「This Is It(明日に向かって)」とクリストファー・クロス、あとはスティーリー・ダンのレコードかな。彼の声はとにかく伝説的すぎて、聴いてすぐに彼の声だとわかる。それがマイケル・マクドナルド。 ―次は「Mood For You」。ここにMCライトを起用した理由は? レイラ:ウォーレン・キャンベル、エリック・ドーキンス、ホアン・ワイナンズと一緒にあの曲を書いたんだけど、その過程で誰かにMCに入ってもらいたいと思うようになって。その頃ウォーレンがたまたまMCライトと仕事をしていて、ライトはこの曲で素晴らしい仕事をしてくれるはずだと勧めてくれたから、彼女に頼むことにした。声をかけたら次の週にスタジオに来てくれて、あの声を録音してくれたの。彼女とは15年、20年来の友人だからすごく嬉しかった。 ―彼女は女性ラッパーのパイオニアとして知られていますが、そのこととアルバムのコンセプトが繋がったりするのかなと思ったりもしたのですが。 レイラ:そうね。私は今回、アイコニックだと思う人たちを選ぶようにした。ウィローのような新進の若いアーティストもいれば、30年来の知り合いでもあるジェラルド・アルブライトのような存在もいる。ジェラルドは今でもあの世界ではアイコン的存在だから。キャリアの中で、私は多くの時間を他のアーティストとのコラボに費やしてきた。その全ての人々が私と一緒に仕事してくれたのは、本当に嬉しい。 ―「Higher」は90年代ハウス・ミュージックのようでかっこいいです。 レイラ:高揚感のある曲を作りたかったの。その曲を書いている時は、ジャム&ルイス(サウンズ・オブ・ブラックネス)の「Optimistic」のことを考えていた。あとは、カーク・フランクリンの「Declaration (This Is It!)」。肯定的なポジティブさは、私にとって音楽の大きな部分を占めていると思う。これからも、人々に希望を与え、強い気持ちを抱かせるような、そんなアンセム的な曲をもっと書きたいと思っているから。 ―そもそもハウスはお好きなんですか? レイラ:私はシカゴの出身で、シカゴはハウスが生まれた場所でもあるから、ずっとあの音楽と関わってきたし、ハウスという音楽のエネルギーにはすごく興味がある。フランキー・ナックルズもそうだし、ケイトラナダもそうだし、ハウスは人々に強い力を与えてくれるでしょ? 私はハウスのそういうところが大好きだし、自分でももっとそういう音楽を作りたいと思ってる。今回のアルバムもリミックス・アルバムをリリースする予定だしね。 リミックス版は常に作りたい。私はいつも、少しテンポのある音楽を作ることに興味があるし、リミックスが個人的に大好きなのよね。ライブでも、曲の一部をちょっと変えて演奏するのが好きだし。そのうちダンス・レコードも作ってみたい。シカゴで育ったことで、そういうヴィジョンを持つようになったのかも。今回は「君の曲でリミックス作ってみたよ」と持ってきてくれた人が何人かいて、それが何曲か溜まったからEPを作ることにした。サンクスギビングの前にリリースできるといいんだけど。