「帰れば死ぬ!」強制送還の瀬戸際でアフリカ系男性は叫んだ 認定の厚い壁、改正入管難民法に募らせる不安
▽「もっといい国に生まれていたら」 東京高裁判決が出た後の7月、男性は東京都内で取材に応じた。身体はやせ細り、表情は硬い。時折遠くを見やりながら、ゆっくりと話し始めた。 男性によると、故郷は民族対立による武力闘争が繰り返されてきた地域で「帰ると殺される」と訴える。2013年12月、身の危険を感じ、ブローカーに資金を払って母国を脱出。逃れた先は日本だった。空港で難民だと主張したが、上陸は認められず3日後に退去命令が下され、そのまま入管施設に収容。拘束は通算で約4年に及んだ。 現在は一時的に収容が解かれた「仮放免」の立場。就労が許されず、キリスト教会などの支援を受けて生活する。難民審査の現状について尋ねると「日本は『厳しい』ではなく、そもそも『認めない』。でも、本当の難民はいる。入管も分かっているはずだ」と言葉を強めた。自身が味わった母国に送還されそうになった時の経験に話が及ぶと首を横に振り、「誰にも同じ思いをしてほしくない」とつぶやいた。
男性はかつて、支援者の1人にこう語りかけたことがある。「もっといい国に生まれていたら、こんな思いはせずに済んだ。もっと立派な人間になって、人や社会の役に立てていたはずだ」。今は教会で静かに両手を組みながら、難民として認められる日が来ることをただ願っている。