横浜流星が背負う傷…母親との過去が明らかに『わかっていても the shapes of love』最終話
横浜流星の主演ドラマ『わかっていても the shapes of love』(ABEMA)がついに完結。12月30日21時より最終話(全8話)が配信スタートした。それぞれ他の人からのアプローチを受けることで、1番好きな人は誰なのかが明確になった漣(横浜流星)と美羽(南沙良)。お互いにようやく素直になって向き合おうとしていた矢先に、漣に想いを寄せていた幼馴染の千輝(鳴海唯)が病で帰らぬ人となってしまう。 【写真】横浜流星の真剣な眼差し…『わかっていても the shapes of love』最終話の場面カット 漣が日本に戻ってきたのも千輝の願いを叶えるためだった。2人の間には、小さいころから体の弱かった千輝を楽しませようと作品を創り続けてきた歴史があったのだ。そんな漣にとって千輝を失うことは、創作意欲の源を揺るがす出来事。空っぽになってしまった漣に、美羽は「あなたといた時間から受け取ったもの、私なりに表現してみようと思う」と伝えに来る。そして「もう会わない」とも。 なぜ漣は恋に対してどこか本気にならないスタンスを取ってきたのか。そしてなぜ美羽に惹かれ、彼女に対してだけはこんなにも不器用になっているのか。第8話では、いよいよ漣が抱える「わかっていても」という思いが明かされた。 ・#8 永遠なんてないとわかっていても 漣のなかにある「永遠なんてない」という強い影は、遡ると母・美月(霧島れいか)との関係性から生まれていた。漣は小さいころからなにをするにしても1番だったという。しかし、本当に1番になりたかったのは、美月にとって「1番大切な存在」だ。 美月は、世界中で公演を行なっているコンテンポラリーダンサー。漣が幼いころにはすでにシングルマザーとなっていたが、直情的な性格は変わらず、仕事を愛し、パートナーとの恋愛にも情熱を注いできた。そんな母親に振り向いてほしくて、漣はどんなことでも1番になろうと取り組んできたのかもしれないと思うと、胸が詰まる。 一方で、慕ってくれる千輝の1番にはなってあげることもできなかったという歯がゆさも。どんなに望んでも、どんなに努力しようとも、決して思い通りになんてならない領域がある。そんな不安定な感情に振り回され、そのたびに心をすり減らしていくくらいなら、最初から真剣に求めなければいい。そうして漣の「誰とも深い仲にならない」スタイルが確立していったのだった。 もちろん、漣にとってそれがなにかに蓋をしている状況であるということはわかっていた。けれど、それ以上に傷つくことを恐れていたのだ。どんなに振り向いてほしいと願っても、叶わなかったときの絶望が、それほど大きく彼のなかに心に穴をあけたということ。その穴を悟られまいと小器用に振る舞い、自分になにが求められているのかを察して過不足なく提供していく、そんなテクニックばかりがうまくなってしまった。 そんな漣の限界を見透かしていたのが、恩師の善一(村上淳)だ。漣の才能が評価されているのを喜ぶ一方で、どこか感情を失ったような最近の様子が気になっていた。そんな矢先に、千輝のことが重なったのだ。幼少期から漣を見つめてきた善一ならいま、漣が越えがたい大きな壁に直面していることがなにも言わずともわかったのだろう。 全力で漣の創作を求めてくれた千輝がいなくなり、なんのために創るのかが見えなくなった漣に、善一は「モノを創るって、いまそこにある感情に形を与えて、ずっと残しておきたいって欲求」だと伝える。みんないつかは消えてなくなる。形あるものはすべて。 でも、だからこそ「永遠にとどめておきたい」と願ってやまない感情がある。自分を信じて突き進む覚悟。理性のブレーキが壊れてしまうほどの渇望。とにかくそばにいたいという願い。手のひらからこぼれ落ちるように見送ることになった命……。ずっと忘れたくない。決してなかったことにはしたくない。だからこそ、形にせずにはいられない。それが創る理由になるのだと。 颯(浅野竣哉)が光莉(福地桃子)への想いを込めた鎌倉バンクシー作品も。咲(朝倉あき)への恋愛感情と向き合った愛実(夏子)の作品も。そして琉希(佐野玲於)が美羽に作った鍋焼きうどんも。それぞれが悩み、そして溢れんばかりの感情を、作品や料理に込めてきた。だからこそ、そこからそれぞれの一歩が踏み出されたのだ。 永遠なんてない。けれど、永遠を願うほどの感情こそが人生の華であり、そこから生みだされるモノによって人びとの心が動かされ、バタフライエフェクトが起きていく。たとえ、その作品そのものがなくなったとしても、その結果は永遠に影響していく。あの美羽が壊した、かつての恋人の作品が、漣と美羽の出会いを作ったように。 ならばいま、漣にとって創る理由は美羽への感情そのものだ。そして、美羽もまた漣への感情を作品にしようとしている。そんなふたりがひとつの作品を創る瞬間こそ、まさに永遠を願わずにはいられないものだった。 漣と美羽が仕上げた作品は、人が両手で何かをそっと抱えているように見える。その何も入っていない手のひらの先に、それに触れたすべての人たちの永遠の未来へと続いているという意味が込められているのではないかと感じた。目に見える確かなものなんてなくても、そこにはもう永遠と繋がっている。それこそ、このドラマを観たということも、きっと何かの影響を及ぼしているように。 いまある形のままで時が止まるのではなく、流れ続ける時のなかでいまの想いを形にする。そんな「永遠のかたち」を手にしたふたりがこれからどんな作品を創っていくのか。もっと観ていたい気持ちだが、この先は私たちが「受け取ったもの、私たちなりに表現して」いく番かもしれない。
佐藤結衣