じつは、東日本と西日本は大きく違っていた…民俗学が明らかにした「社会構造」
2月20日に、ジュンク堂書店池袋本店で『『忘れられた日本人』をひらく――宮本常一と「世間」のデモクラシー』(黒鳥社刊)発売記念トークイベントが行われた。 【写真】女性の「エロ話」は何を意味しているか? 日本人が知らない真実 参加者はこの新刊で対談している民俗学者の畑中章宏氏とコンテンツディレクターの若林恵氏、加えて若林を聞き手として昨年秋に刊行された『実験の民主主義――トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』(中公新書)の政治哲学者・宇野重規氏。 6月3日からは、畑中氏を指南役に起用したNHK Eテレの人気番組「100分de名著」で宮本常一『忘れられた日本人』が放送されているが、その予習としても楽しみたい、「民主主義」と「民俗学」と「世間」とをめぐる鼎談を4回に分けてお届けする。
民俗学と政治思想史
若林 『『忘れられた日本人』をひらく』では宇野先生に帯の文言をいただいたんですよね。 宇野 「宮本常一は民主主義の理論家だ!」って、すごいこと言ってますね (笑)。これは『実験の民主主義』のイベント会場でこの本のゲラを渡されて、その場で出てきた言葉なんです。でも文言は、結構正しかったと今でも思いますね。 そこで今日は、『忘れられた日本人』はやっぱり面白いということ、しかもこの本は“民主主義論”として十分読むに値するという話をしにきました。 若林 ありがとうございます。宇野先生と『実験の民主主義』をつくっている途中で、畑中さんの『宮本常――歴史は庶民がつくる』が出たのですぐに読んだんです。すると、『実験の民主主義』で話題にしているテーマとかなり関わりがありそうだと思い、畑中さんと刊行記念のトークイベントをしたあと、もう一度対談して形になったというのが刊行の経緯です。 ところで宇野先生は、もともと宮本常一にご興味があったり、あるいは民俗学と関わりがあったりしたんですか? 宇野 僕は最初政治哲学より、丸山眞男にあこがれて政治思想史の研究者からスタートしたんです。ただ、丸山の文章はすごくキレがあってかっこいいんですが、抽象的でもあるとずっと思っていました。それに対して民俗学者の文章、たとえば柳田国男の文章は内容が具体的でおもろしいし、それ以上に宮本常一は、地域の村で話しているおじいちゃん、おばあちゃんのおしゃべりを本当にうまく記録していて、読みやすいうえに内容が深い。なのでじつは、社会や歴史を考えるうえで参考になると、宮本常一の『民俗学の旅』(講談社学術文庫)を学生に薦めているんですよ。 畑中 宮本常一の晩年に刊行された自伝的な著作ですね。 宇野 『忘れられた日本人』もこれまで何度か読んできたんですけど、この機会に読み直してみて、やっぱりすごい本だとあらためて実感しました。 若林 そう言えば畑中さんは大学で政治思想史を専攻していたとか(笑) 畑中 大学は法学部に入ったんですけど、法律を学びたかったからではなくて、政治思想史を勉強するつもりだったんです。僕は中学生の頃から柳田国男を読み始めて、そこから柳田民俗学がはらんでいるナショナリズムや天皇制の問題にいきあたり、丸山眞男、神島二郎、藤田省三、橋川文三ら、丸山学派の著作を読み進めたんですね。彼らのなかでは『ナショナリズム』や『日本浪曼派批判序説』の橋川文三にいちばんシンパシーを覚えました。 ただ当時は、神島二郎が柳田国男研究論集の編者でしたし、橋川文三が柳田国男の評伝を書いていたり、政治思想史と民俗学がわりと近いところにあるように思ってたんですが……。 宇野 政治思想史と民俗学の関係の間には“因縁”があるんですね。丸山眞男の弟子たちは、丸山のプレッシャーから逃れるために民俗学に走ったんです。神島二郎はよい例で、彼の場合、丸山政治学と柳田民俗学と結びつけることによって丸山を乗り越えようとしたんでしょうね。