「核のまち」を受け入れたら、今後どうなる? 一歩踏み出した山口県上関町 先行する青森県に見る「なくなれば貧しかった過去に逆戻り」のジレンマ
【取材後記】 本記事を執筆したのはいずれも青森県内で暮らし、取材を経験した3人だ。今は全員が関西におり、中国・四国地方も取材対象だ。上関町の表明も近くで接することになった。東京電力福島第1原発事故のあった2011年の前には、青森県では地元ローカルタレントが出演するテレビ番組で「原子力が日本や地球にとっていかに重要・安全で、核燃料サイクルがいかに安全で素晴らしい技術か」ということが盛んに喧伝されていた。2023年時点では、安全だという根拠も、核燃料サイクルが完成するという根拠もまだ見えてこないように感じる。 青森県が原子力関連施設を受け入れてから半世紀がたつ。原子力と引き換えに得られたカネは、地域を子どもたちが心から住み続けたいと思う場所にしたのかどうか。こうした問いは、日々電力を使う全ての国民に投げかけられているのではないだろうか。