「半端ないって」伝説が話題の大迫勇也に実は「半端だった」過去がある
数字で評価されるフォワードというポジションを考えれば、物足りない数字と言わざるを得ない。それでも大迫が重用されてきたのは、182cm、71kgとやや華奢に映る体にもうひとつの武器が搭載されているからだ。前出の中西さんは、件の映像でこう叫び続けている。 「後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん、普通」 後ろ向きのボールとは、後方から送られてくる浮き球のパスのこと。巧みに収めたボールをすぐに自分の間合いに置き、相手を背負いながらもさまざまなフェイントを駆使してターン。相手ゴール前へ抜け出していく動きを、高校時代からすでに大迫は身につけていた。 高校3年生に進級する直前の大迫を見出したアントラーズのスカウト担当部長で、いまも同職を務める椎本邦一氏は、名づけるならば「大迫ターン」の秘密をこう語ってくれたことがある。 「ポストプレーで相手を背負ったときに、見えない場所にボールを置いているのでは。自分の体やフェイントを使って、上手くボールを隠しているんじゃないかと。相手が置き去りにされる場面を何度も見ると、そうとしか説明できないんですよ」 大迫自身も「ボールを収めることはできる」と絶対の自信を寄せていた。そのうえで体幹をさらに鍛え抜き、自分よりもサイズが大きく、屈強な外国人ディフェンダーが放つプレッシャーをはね返すのではなく、しなやかな柳の枝のように吸収しながら受け流すテクニックも身につけた。
香川真司(ボルシア・ドルトムント)のPKによる先制点と、コロンビアのMFカルロス・サンチェス(エスパニョール)の一発退場への流れを作ったのは、大迫が新たに搭載した武器だった。 開始わずか3分。香川の縦パスに反応し、187cm、81kgのサイズを誇るDFダビンソン・サンチェス(トッテナム・ホットスパー)の激しいプレッシャーを背後から受けながらも倒れない。しかも体を巧みに反転させて前を向き、最後は左足からシュートを放った。 これはコロンビアの守護神ダビド・オスピナ(アーセナル)に防がれたが、フォローしてきた香川がこぼれ球に左足を一閃。伸ばした右腕で弾き返したC・サンチェスが、主審から故意のハンドによるレッドカードを提示された瞬間が番狂わせへの序章となった。 「あとは相手ゴール前へ入っていく回数も、相手ゴール前でボールを受ける回数も、もっと増やしていかないと。相手ゴール前へ入っていくことで何かを起こせると思うし、相手の脅威にもなるので」 こう語ってもいた大迫は後半9分には香川のパスに反応。巧みなターンから抜け出し、左足から強烈な一撃を放った。さらに同28分には相手を背負いながら絶妙のボールを落とし、あわや勝ち越しかと思われたDF酒井宏樹(オリンピック・マルセイユ)のシュートを導いた。 このプレーで獲得した左コーナーキックから、大迫が劇的な決勝弾を決めた。MF本田圭佑(パチューカ)が蹴った速いボールに相手と競り合いながら、滞空時間の長いジャンプから頭をヒットさせてゴールの反対側へ巧みに流し込んだ。 実は高校時代からヘディングを不得手とし、頭によるゴールが極端に少なかった。アントラーズ入りしてすぐに、空中戦で群を抜く強さを誇っていた元日本代表DF岩政大樹(現東京ユナイテッドFC)に志願して弟子入り。伝授された教えを試行錯誤しながら、時間をかけて自分のものにしてきた。 日本代表へ復帰してから、15試合に出場して5ゴールをあげた。そのうち3つがヘディングで決めたものだ。加えて、コロンビア戦ではチーム最多となる5本のシュートを放っている。 2試合に先発しながら、無得点に終わった前回ブラジル大会から4年。客観的な視点から自分自身の弱点を把握し、上手さに怖さを融合させたフォワードを貪欲に追い求めてきた大迫が、ロシアの地で枕詞通りに「半端ない」存在感を放ちつつある。 (文責・藤江直人/スポーツライター)