実質賃金の下落は最終局面も個人消費の鍵を握るのは為替動向(9月毎月勤労統計):最低賃金引上げ議論と年収の壁問題
急速な最低賃金引き上げの弊害:年収の壁問題をより深刻に
労働者の生活水準は、名目の賃金の水準で決まるのではなく、物価水準との比較、つまり実質賃金で決まる。この点から、将来の物価動向が予見できない中で、最低賃金の名目水準に政府目標を設定するのは適切でないだろう。 仮に、この先物価上昇率が高まらない中で、急速に最低賃金を引き上げていけば、最低賃金近傍で働く人の実質賃金は急速に高まるが、一方で、そうした人を多く雇用する企業では、人件費が急速に高まり、企業収益が圧迫され、経営破綻に追い込まれる、また雇用の削減を余儀なくされる可能性がでてくる。それは、最低賃金水準で働く人にはむしろ逆風となってしまう。その結果、経済が不安定になる恐れがある。 また、現在議論されている103万円などの年収の壁問題が解決されないなかで、低所得層の賃金水準に大きな影響を与える最低賃金を大幅に引き上げると、それは労働時間を調整する動きを一段と加速させる可能性がある。その場合、最低賃金は引き上げられても労働時間がより短くなり、低所得者層の年収は増えない可能性がある。さらに、労働時間の調整で人手不足がより深刻になってしまう可能性もあるだろう。 いずれにせよ、最低賃金は物価動向や平均的な賃金動向を踏まえて、後から決定されるものであり、それらから独立した目標とすべきものではないだろう。
目指すべきは構造的賃上げ
最低賃金の引き上げを目指すのではなく、実質賃金が上昇する経済環境を作り出すことを第1に目指すべきだ。それが、岸田前政権が掲げた「構造的賃上げ」の実現である。そのためには、労働市場改革などを通じた労働生産性向上が欠かせない。 自民党の選挙公約では、リスキリング、ジョブ型雇用の促進、労働移動の円滑化からなる労働市場改革が掲げられている。これは、岸田政権の「三位一体の労働市場改革」を継承したものであり、この点は適切だろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
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