引退してほしくない!91歳の名優マイケル・ケイン、“個性”を築いた60年代、唯一無二の輝き
『2度目のはなればなれ』(公開中)は、映画ファンにとって必見の作品だ。主演を務めたマイケル・ケインが、本作を最後に俳優業の引退を宣言したからだ。現在(2024年)、ケインは91歳。たしかに年齢的に引退は仕方ないかもしれないが、彼が映画の世界からいなくなってしまうのは悲しい。名優の演技の見納めにあたり、その長いキャリアでも唯一無二の輝きを放っていた時代を振り返っておきたい。 ■名優ケインの基盤を確立させた60年代 【写真を見る】これが最後の演技…89歳の元退役軍人を滋味深く演じた『2度目のはなればなれ』 米アカデミー賞では、『ハンナとその姉妹』(86)、『サイダーハウス・ルール』(99)で2度の助演男優賞を受賞。近年は「ダークナイト」シリーズでバットマン=ブルース・ウェインの世話をするアルフレッド役などクリストファー・ノーラン監督作の常連として活躍していたマイケル・ケイン。ハリウッド作品の名バイプレーヤーとしての印象も強くなっていたが、やはりこの人の原点はイギリス作品にある。労働階級出身ながら、エレガンスと気品、シニカルさを漂わせて数々の役をこなしたキャリア初期の映画が、現在に至るケインのイメージ、その基盤を確立させたと言っていい。 1956年に映画デビューしたケインの才能が花開いたのは60年代。『国際諜報局』(65)のハリー・パーマー役だ。すでに人気を博していた「007」シリーズのジェームズ・ボンドとは対照的で、庶民的な日常生活を送るスパイ。黒縁メガネのルックスもこの手の役では異例だったが、ケインの俳優としての個性と名演技がマッチ。パーマーの人間味と、勘とセンスで難局を乗り切っていく姿が多くの人の心を掴み、ハリー・パーマーの映画化はシリーズ化。ケインの当たり役として、90年代にも新作が作られたし、ハリー・パーマーへのオマージュとして作られた『オースティン・パワーズ』(97)の2作目『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』(02)に、ケインはセルフパロディ的に登場している。 『国際諜報局』翌年の『アルフィー』(66)ではイメージを一変させ、欲望と快楽のために次々と女性との恋愛を繰り返すプレイボーイ役。ケインのセクシーな魅力も全開となったが、最終的に本物の愛にたどりつけない哀切さも見事に演じ、俳優としての実力を証明した。 ■変幻自在、“沼”にハマったら抜け出せない魅力 そして60年代最後の『ミニミニ大作戦』(69)では、軽妙さとともに犯罪集団を束ねるカリスマ性も発揮。この3作だけでも、俳優・マイケル・ケインの原点の魅力を存分に堪能できる。60年代のイギリス、ロンドンは“スウィンギング60’s(シックスティーズ)”と呼ばれたように、華やかなカルチャーの発信地で、音楽はザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、ファッションはツイッギーやマリー・クワントなどが、世界的な流行のムーブメントを作り出していた。マイケル・ケインは映画俳優として、その一員でもあった。時を経て2017年、ケインはドキュメンタリー『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』をプロデュース。スウィンギング60’sを牽引した面々の貴重な証言が収められた同作に、ケイン自身もプレゼンターとして登場する。自身の原点の時代への思いが重ねられるという意味で、これは彼の“隠れた代表作”でもある。 さらに70~80年代には、マイケル・ケインの個性が強烈に発散される作品が相次ぐ。伝説の名優ローレンス・オリヴィエと対等に渡り合う『探偵<スルース>』(72)、驚くべき扮装で背筋を凍らせる『殺しのドレス』(80)、濃密な二人芝居の『デストラップ・死の罠』(82)あたりは、俳優という域を超え、観る者の心を激しくざわめかせる“怪物”的なパワーすら発揮。比較的、誰にでも口当たりの良い名演だったオスカー受賞作と並べれば、マイケル・ケインという俳優の変幻自在、万華鏡の“沼”にハマり、抜け出せない(=他の俳優では物足りない)感覚に陥ることだろう。 そんなケインは、90歳を前に自伝「わが人生。名優マイケル・ケインによる最上の人生指南書」を発表。タイトルどおり失敗や逆境の乗り越え方が、独特のユーモアも込めた語り口で綴られ、これまでの数々の出演作を重ねながら読むとじつに感慨深い。 最後の映画となる『2度目のはなればなれ』は、主人公が老人ホームで一緒に暮らしていた妻を置いて、過去の深い思いに向き合う「ある旅」に出る物語。マイケル・ケインの俳優としての長い旅が、どんな情景で終わりを見せるのか。完璧なまでに美しいラストシーンに感極まる人もいれば、「引退撤回をして、もう少し演技を観たい」と痛感する人も多いことだろう。 文/斉藤博昭