中村悠一が語る『るろうに剣心』人気の秘訣 斉藤壮馬との掛け合いで得た“新たな発見”
剣心役・斉藤壮馬との掛け合いの難しさ
ーー今回の特殊な掛け合いを通じて、新たな発見や刺激を受けた場面などは? 中村:今回は、斉藤くんとの掛け合いというよりは、かなり一人旅的な感じがあって。自分自身が喋るシーンが多かったんです。それをどう整理していくかという形だったんですが、基本的にはテストと本番で、作品的には同じシーンを2回やるわけですよね。例えば、奥義伝授の後のシーン。通常アフレコの流れって、一つのシーンを頭から最後まで通してやって、リテイクの場合、具体的な指示をもらうんです。全体を一気に作り変えるというよりは、ポイントごとに「ここはこういうふうに」「あそこはこんな感じで」という指示をもらう。でも僕ら声優がやらなきゃいけないのは、その指示されたポイントだけを変えるんじゃなくて、自然な流れを作ることなんです。例えば、あるシーンをAからBに変えてくれって言われたら、その前後の演技も少しずつBに近づけていって、全体としてスムーズな流れを作っていく。そういう調整をしているうちに、僕が最初に考えていたこのシーンのイメージとは違う何かが見えてきて、一応OKを頂いたんですが、「別なアプローチをしてもいいですか」って普段あまり言わないことを言って。改めて、そこの長いくだりをやらせていただいたんです。 ーー現場では、そういったことはよくあることなのでしょうか? 中村:あんまりないですね。基本的には自分でプランニングして演出を考えて、それをOKしてもらって進めていく。相手役の方と初めて一緒にやって、ここをもうちょっとこうした方がいいなとか、駆け引きしていくんです。でも今回は、さっき言ったような特殊な掛け合いなので、ほとんど自分で組み立てなければいけない。だから本番で監督たちから言われた言葉以外に、変わる要素がないんですよね。でもそのときに、監督たちの言葉を断片的に聞いていくと、全然違うキャラクター像が浮かんできて、やり直させてもらいました。 ――では改めて、剣心と比古の師弟関係についてどう考えていますか? 中村:作品に描かれている範囲で見ると、憎めない師匠というイメージがありますよね。時折、思いがけないギャグを挟んだりして、親しみやすさも感じさせる。でも、それは本当に一面的なものだと思うんです。根本的に人嫌いだと自称しているくらいですから、普段は相当話しかけづらい、近寄りがたい雰囲気を持った人物なんだろうな、という気がしています。このキャラクターを捉えるのって、本当に難しいんですよ。主人公じゃないから描かれるのは限られたシーンだけ。普段の生活や、彼の内面に触れる機会もほとんどない。だから、このキャラクターの解釈は読む人によって、本当に様々なんだと思います。僕自身も、単なる読者として読んでいたときと、実際に演じることになって、シナリオを読み、アフレコをして、それを振り返る……というプロセスの一つ一つで、新しい発見がありました。後から後から、「あの行動や言葉には、こんな意味があったのかもしれない」と気づかされる。そういう深みのあるキャラクターで、演じていてとても面白かったですね。 ーー例えばどんな部分でしょうか? 中村:読んでいるときには気づかなかったんですけど、演じてみて深く考えさせられたのが、第九十五幕に描かれている幼い剣心に名前を付けるシーンです。読んだ当時は「なんで突然名付けたんだろう」って思っていて。しかも「優しすぎる性格は剣客にそぐわない」なんて言うじゃないですか。最初は、孤児になった子に同情して、意思が強そうだから弟子にしてみようかな、くらいの軽い気持ちだったのかなと思っていたんです。でも、その前のモノローグで彼は深い無力感を吐露しているんですよ。これだけの力を得て、飛天御剣流は世を変えるものだと信じていたのに、実際には何も変えられず、人は死んでいくーー。おそらく剣心と出会った瞬間、比古は「これからの時代を変えられるのは、自分のような人間ではない」と悟ったんじゃないかと。だからこそ、自分とは真逆の存在である優しい少年に、未来を託そうと決意したんだと思います。 ーー剣心との出会いによって、比古自身にも覚悟が芽生えたと。 中村:比古は少年の優しさを見抜いた時点で、重大な覚悟を決めているはずなんです。飛天御剣流の奥義伝授の過程から、弟子を取るということは、自分の死を意味する。その覚悟の上で剣心を弟子にした。結果的には死ななかったですけど(笑)。作中で「最強」と言われ、「負けません」と断言したキャラクターが、実は既に自分の敗北を受け入れている。世の中の大きな流れには抗えないと、自分でわかっているから。 ーーでは最後に、今回のアニメではZ世代の視聴者もいるように『るろうに剣心』シリーズがこれほど長く、幅広い世代に愛されている理由はどこにあるとお考えですか? 中村:やはり大きいのは、キャラクター造形の深さだと思います。登場人物それぞれの生き様や考え方に、読者が何かしらの共感を覚える。そこから作品への愛着が生まれているんじゃないでしょうか。もう一つ重要なのは、幕末という時代背景です。侍としての矜持や、その時代特有の価値観が作品に深く根付いている。これは現代を舞台にしても、なかなか表現できないものだと思うんです。例えば蒼紫や斎藤のような人物たち。彼らが抱える無念さや、それを解消しようとする行動の選択は、まさにこの時代だからこそリアリティを持つ。現代劇だと「なぜ一対一で戦うんだ」とか、そういったツッコミが入りかねない展開も、この時代設定なら自然に受け入れられる。 ーーそれぞれの誇りや信念をかけた戦いも多く描かれますし。 中村:そうですね。この作品の最大の魅力は、敵味方どちらにも確かな正義があって、その衝突に説得力があることです。しかも登場人物たちは皆、歴史という地盤の上に立っている。だからこそ、彼らの行動や思想に無理がない。読者にとって理解しやすい、愛される作品になっているんだと思います。
すなくじら