クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』 アカデミー賞最多13部門ノミネートの話題作を解説
ノーランがこだわるIMAX&没入感のある映像世界
イギリス系アメリカ人のクリストファー・ノーラン監督は、『ダークナイト』3部作から『インセプション』『インターステラー』『TENET テネット』など、作品を発表するたびに大きな話題を呼んできた。第81回ゴールデングローブ賞では『オッペンハイマー』で6度目のノミネートにして初の監督賞を受賞。アカデミー賞では『ダンケルク』に続く2度目の候補入りで受賞の可能性は高いと見られている。
『オッペンハイマー』は主要5部門以外に、作曲、撮影、脚色、美術、衣装デザイン、メイクアップ&ヘアスタイリング、編集、音響の各部門にノミネートされている。ノーラン作品は技術面においても語るべきことは多く、本作もまたすべてを語ろうとうすると分厚い一冊の本になるほどだ。いくつかポイントとなる点を簡単に紹介しよう。 本作の映画体験の最大の特徴として、圧倒的な没入感が挙げられる。先にも述べたが、本作は基本的にオッペンハイマーの視点であり、珍しいことだが脚本は一人称で書かれている。実際に観客はオッペンハイマーが体験していること、トリニティ実験の現場や聴聞会など、どのシーンでもまるでその場にいるような感覚に陥るのだが、そこにはテクノロジーによる効果も大きい。 ノーランと言えば、誰よりも強いこだわりを持つスケールの大きなIMAXの映像だ。『インターステラー』以降、ノーランの全作品で組んでいる撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマは、本作で世界最大のIMAX65ミリと65ミリ・ラージフォーマット・フィルムカメラを組み合わせた、最高解像度の撮影を手がけた。 さらに主にオッペンハイマーと対立するルイス・ストローズが登場するシーンでは、史上初となるIMAXモノクロ・アナログ撮影を実現している。IMAXはアクション映画やSF・ファンタジーなどで威力を発揮すると考えられているが、基本的に人間ドラマである本作のような作品でも、ノーランにとっての映画の最適解であるフォーマットに対する自信に揺らぎはない。 ちなみに、ノーランはウィッグ嫌いでも有名で、本作でも俳優は地毛で役作りをしている。IMAXの巨大なスクリーンにも耐えうるメイクアップ&ヘアスタイリングの完成度の高さにも恐れ入る。そういう意味では、この手のジャンルにおけるIMAXの映像体験は、演じる俳優にとっては過酷だなとも思わされる。 映像の没入感に際して相乗効果を発揮しているのが、『TENET テネット』でもタッグを組んだルドウィグ・ゴランソンのスコアと音響デザインのリチャード・キングのチームとの密接なコラボレーションによる音楽だろう。ゴランソンはオッペンハイマーの個性をヴァイオリンで表現し、弦の有機的な質にこだわることで人間味を表現したという。それは時にオッペンハイマーの張り詰めたテンションのようでもあり、苛立ちや焦燥感、精神の不安定さを伝えているようにも感じられる。 一方、「トリニティ実験」などで爆発を目の当たりにするシーンでは、「音楽はオーケストラ的なものから、非常に不吉で、まるで時計の音や心臓の鼓動、原子炉の音のようなサウンドデザイン的なものへと変化する」とゴランソンは解説。粒子がスクリーンいっぱいに映し出される中で、まさにその瞬間は無音になるなど、映像とサウンドの使い方も素晴らしい。スコアと音響そのものがオッペンハイマーという人物を表しているという点でも核実験を映像で表現するという意味でも、改めてノーランの挑戦がどれほどのものだったかについて感嘆せずにはいられない。 オッペンハイマーの頭脳と心情を全身で体感することができる本作は、徹底して劇場体験にこだわり続けてきたノーランの集大成であり、映画監督として一つの到達点と言えるだろう。