「自分たちは無力、何も変えられない」…ロシア当局に骨抜きにされた”無気力な有権者たち”を投票所へ連れ出すために必要な「意外な戦略」
真のロシア愛国者「アレクセイ・ナワリヌイ」がプーチン独裁政治の闇を暴く『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』が、全世界で緊急同時出版された。1976年にモスクワ近郊で生まれたナワリヌイが目にしたのは、チェルノブイリ原発、アフガン侵攻、ソ連崩壊、上層部の汚職、そして「ウクライナ侵攻」だった。政治とカネ問題、超富裕層の富の独占、腐った老いぼれに国を支配される屈辱と憤怒。独裁政治の闇をメディアに発信し、大統領選にも出馬した彼は、やがて「プーチンが最も恐れる男」と評されるようになる。そして今年2月、彼を恐れた当局により獄中死を遂げた。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 そんなナワリヌイが死の間際に獄中で綴った世界的な話題作『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』より「本物のロシア愛国者の声」を一部抜粋、再編集してお届けする。 『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』連載第3回 『プーチンを追い詰め、殺害された活動家アレクセイ・ナワリヌイが命がけで書いた告発手記』より続く
死の間際
死に際は、苦痛なんてまったく感じなかった。死にかけの身でなかったら、機内のトイレ前の床に寝かされていることもなかっただろう。考えてもみてくれ。お世辞にもきれいな場所ではない。 その日はシベリア地域の工業都市トムスクからモスクワ行きの便に乗っていて、体調もすこぶる良かった。シベリアではいくつかの都市で地方選挙を2週間後に控え、自ら立ち上げた団体「反汚職基金(FBK)」の仲間とともに、与党「統一ロシア」を何としてもねじ伏せたいと意気込んでいた。それがどういう意味かわかるだろうか。20年にわたって権力の座にあるウラジーミル・プーチンとて全能ではないし、シベリア地域で特に人気があったわけでもなかったのだ。テレビでは解説者が朝から晩までプーチンを絶賛し続けているにもかかわらず、だ。 私は数年間、公職につくことを禁じられていた。この国は、私が率いる政党を認めず、最近も政党登録を拒否してきた。8年間に実に9回もの門前払いである。どういうわけか、いつも「書式記載誤り」を理由に突き返される。
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