なぜ川崎初Vのルヴァン杯決勝は歴史的名勝負になったのか?
3-3のまま決着がつかずに突入したPK戦。先蹴りのフロンターレは4番手の車屋の一撃がクロスバーに弾かれる。コンサドーレの5番手、DF石川直樹が成功させれば優勝という場面が訪れても、フロンターレのゴールキーパー、新井章太は落ち着いていた。 「相手選手の方が、目に見えて緊張していたので。こちらはそれを上手く利用するというか、最後まで動かずに待って、逆にプレッシャーをかけてやろう、と」 一か八かではなく、相手が蹴る刹那の体勢や足首の角度などでPKが飛んでくる方向を見極める。石川のPKを左へダイブして完璧に弾き返すと、長谷川の成功を受けて迎えた6人目、DF進藤亮佑のPKを再び左へ体を移動させて今度はキャッチ。劇的なセーブで勝利の女神を振り向かせた。 東京ヴェルディでプロのキャリアをスタートさせた新井は、公式戦出場がゼロのまま2013シーズンにフロンターレへ移籍。しかし、西部洋平(現清水エスパルス)や元韓国代表チョン・ソンリョンの厚い壁に阻まれ、出場機会がなかなか訪れないセカンドキーパーに長く甘んじてきた。 それでも絶対に努力を怠らず、日々の練習で3年連続得点王を獲得したFW大久保嘉人(現ジュビロ磐田)や小林、中村ら攻撃陣のシュート練習の相手を務めながら実力を磨いてきた。まもなく31歳になる苦労人が9月以降の戦いでチャンスをつかみ、大舞台でPKを続けて2発も止めて決勝戦のMVPに輝く。ドラマ顔負けの展開に、中村も「ちょっと幸せな気持ちになりました」と声を弾ませた。 「章太の努力はみんなが認めている。頑張るだけでなく、チームを鼓舞する選手でもあったあいつに、最後でMVPが転がってくる。努力は報われるんだな、と」
福森と中村に象徴される、高い精度を誇るセットプレーのキッカーの存在。警告を退場へと変えたVAR。フロンターレベンチの好さい配。小林の執念と稀有な得点感覚。そして、新井があげた咆哮。決勝戦を名勝負へと導いた要因は、実はもうひとつある。感無量の思いを込めながら中村が言う。 「すごく攻撃的なゲームでした。ファイナルではなかなかありえない3-3のスコアは、ミシャのサッカー哲学がかなり引き出してくれたところがあった。向こうも1点取った後にベタ引きする選択もできたわけですけど、出るときにはしっかりと攻めに出てきたので」 ミシャの愛称で知られるコンサドーレのミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、サンフレッチェ広島、浦和レッズ監督時代を通じて、常にリスクを冒す攻撃的なスタイルを標榜してきた。昨シーズンからコンサドーレを率い、J1ではクラブ史上で最高位となる4位へ躍進させている。 さらに飛躍を遂げるためにも、公式戦における初タイトルがほしい。前半開始わずか10分で先制点を奪ってもコンサドーレは攻め続けた。これからも貫き通していくスタイルで、タイトルを獲得しなければ意味がない――指揮官の矜恃が、真っ向勝負が展開され続ける名勝負の源泉になった。 「ミシャともちょっと話しました。本当にありがとうございました、と」 試合後の舞台裏を、中村は笑顔で明かしてくれた。5度目のファイナルで悲願を成就させた王者フロンターレは、一発勝負に弱いというレッテルを返上してさらに進化を遂げる。初挑戦で涙を飲んだコンサドーレも、かつてのフロンターレのように悔しさを成長への糧に変える。手に汗握る120分間プラスアルファを序章とするドラマの続編が、令和時代の日本サッカー界を彩っていく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)