裁判官が謝罪「南北対立で国家暴力の犠牲に…」 「北朝鮮スパイ」捏造、被害者や家族の苦悩は今も続く【朝鮮半島と在日「スパイ」(下)】
韓国と北朝鮮は分断国家として対立し、互いにスパイを送り込むなどしてきた。韓国は今でこそ「民主主義」「K―POP」といったイメージがあるが、1980年代までは軍事独裁政権で、本物のスパイではない人たちも「北朝鮮のスパイ」として多く摘発された。捜査員の実績競争や、北朝鮮の脅威をあおって民主化運動を弾圧しようとした背景があったといわれる。在日韓国人らも、留学やビジネスで韓国を訪れた際に「日本で北朝鮮工作員の指示を受けた」などとして、多数が摘発、長期拘束された。 【写真】エリート層の脱北2倍超 金正恩体制、歯止め効かず
今年5月、韓国政府の人権侵害調査機関は14年ぶりに、新たに4人の在日韓国人(いずれも故人)について、拷問による虚偽自白などを認定し、再審を勧告した。ただ被害者や家族は今も傷を抱える。日本で生まれ育った家族は「軍事独裁政権が私たちの人生をどこまでめちゃくちゃにしたのか韓国政府は理解しているのか」と訴える。(共同通信ソウル支局 富樫顕大) ▽69日間不法拘禁、機密でもない情報 政府の調査機関は「真実・和解のための過去事整理委員会」。今年5月、在日韓国人の複数の事件について調査結果を発表した。被害者はいずれも故人で、大阪府などの出身の崔昌一(チェチャンイル)さん、呂錫祚(ヨソクチョ)さん、高賛昊(コチャンホ)さん、姜鎬振(カンホジン)さん。1970~80年代ごろ、ビジネスや先祖の墓参り、親戚訪問などで日本から韓国を訪れた際にスパイ活動をしたとして、それぞれ約2~7年間、拘束された。 このうち崔さんを巡っては、娘の中川智子さん(42)=大阪市=が委員会の勧告に先立って再審を請求しており、今年5月にソウル高裁で無罪が言い渡された。
崔さんは、東大大学院で地質を研究する修士課程を修了後、1960年代から韓国で勤務した。しかし、北朝鮮工作員とされる人に韓国の炭鉱などの情報を教えたなどとして1973年から約6年間拘束された。 ソウル高裁の再審判決は、崔さんの供述は「不法な拘禁下で、任意性がない状態で得られた」上に、起訴内容の炭鉱などの情報は、そもそも「機密として保護される価値があるものと認められない」と指摘した。委員会の調査によると、崔さんは令状のない連行で69日間不法拘束されていた。 ただ検察側は「判決は国家保安法や反共法の法理を誤解している」として上告した。中川さん側の弁護士は「委員会の決定を無視しており、遺族への二次加害だ」と批判した。 ▽南北分断の犠牲 ソウル高裁の裁判官は、再審で無罪を言い渡す際「南北分断がもたらす理念対立の中で誠実な国民が国家暴力の犠牲になった。司法府の一員として深く謝罪する」と述べた。