A24ホラー『ミッドサマー』『X エックス』にも通じる?『みなに幸あれ』にみる、“田舎ホラー”の恐ろしさ
「大賞受賞者に商業映画監督デビューを確約する」という触れ込みのもと、令和の時代の新たなホラー作家の発掘・育成を目的に2021年に行われた「第1回日本ホラー映画大賞」で、見事に大賞を受賞した下津優太監督が、受賞短編を自らの手で長編リメイクした『みなに幸あれ』(23)。今年1月に劇場公開されるや大きな反響を集めた本作のBlu-ray&DVDが、ついにリリースされた。 【写真を見る】新時代のホラー映画作家を発掘する「日本ホラー映画大賞」に輝いた短編をセルフリメイク!都市伝説がアイデアの原点 地球上の幸せには限りがあり、誰かの幸せは誰かの不幸の上に成り立っているという都市伝説“地球上感情保存の法則”をアイディアの原点に据えた本作。物語の舞台はとある田舎町。看護学生の“孫”(古川琴音)は久しぶりに祖父母(有福正志、犬山良子)の家を訪れ、家族水入らずの幸せな時間を過ごす。しかし、祖父母の様子にどこか違和感を覚える孫。この家には「なにか」がいるという疑念が確信に変わった時、孫の身に人間の根源的な恐怖が迫ることとなる。 本作のように、都会から離れた“田舎”はホラー映画にとって格好の舞台。本作の総合プロデューサーを務めた清水崇監督の「恐怖の村」シリーズに代表されるように、都会ではとうの昔に失われた感覚がいまも残り続けていたり、閉鎖的な村社会が形成されていたり。のどかな風景のなかにただよう不穏さのアンバランスが、得体の知れない恐怖を生みだしてくれる。そこで本稿では、そんな“田舎ホラー”の特徴を的確にとらえた海外ホラーの傑作と比較しながら、本作の持つ“斬新さ”を紐解いていこう。 ■外界とは異なる常識や因習が、不条理な恐怖を引きだす 常に人や物事が流入・流出を続けて新陳代謝していく都会に対し、田舎では古くからその地に暮らす人々が、古くからある伝統や風習を守り続けていることも珍しくはない。そこから生じる違和感を“ホラーの種”として観客を不条理な恐怖に引きずり込んでいくのが、田舎ホラーの定番スタイルだ。 そんな忌まわしき伝統・風習=因習を描いた作品の代表格といえば、やはりアリ・アスター監督の『ミッドサマー』(19)だろう。大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は、恋人の友人に誘われ、“夏至祭”と呼ばれる祝祭を見学するためにスウェーデンのホルガ村を訪れる。美しい景色とあたたかい人々に魅了されるダニーたちだったが、次第にホルガ村の独特な風習のおぞましさを身をもって体験することになる。 『みなに幸あれ』の舞台となる田舎では、ひとつの家に“いけにえ”となる人物を1人置くことで、不幸をすべてその“いけにえ”に背負わせて住民の幸せが守られるという、先述した“地球上感情保存の法則”を体現した因習が存在する。都会では、というよりもこの地域以外のほとんどの場所ではあり得ないようなことだが、誰もそれを疑問に思わない。さらに終盤にも、組体操のような謎めいた儀式が登場する。 下津監督は、インタビューなどでアスター監督の作品をはじめとしたA24ホラーから影響を受けたことを明かしており、『ミッドサマー』も『みなに幸あれ』の原点のひとつとなっているはずだ。すると同時に、その『ミッドサマー』のさらに原点といえる因習ホラーの名作『ウィッカーマン』(73)の存在にも辿り着く。すなわち宗教的価値観の揺らぎを通して社会を風刺した『ウィッカーマン』と同様、『みなに幸あれ』に登場するあらゆる因習は、現代の日本社会を痛烈に風刺しているとみることができるだろう。 ■掟に背いたら最後、不幸に見舞われる… ただ気味の悪い因習が紹介されていくだけではホラー映画は成立しない。そこにはその因習に対して疑問を持ったり抗うなどして、次第に“異常さ”に呑み込まれてしまう登場人物が必要不可欠であり、その存在が観客にとって感情移入の糸口となりうる。 そのような図式は、なにも因習が根付く村社会を舞台にした物語に限ったものではないだろう。例えば「13日の金曜日」シリーズなどに代表される、興味本位で誰かのテリトリーに土足で踏み込んだ若者が凄惨な殺戮の犠牲になるスラッシャー映画が古くから多数作られてきたように、最小単位で見れば“家”というものにもある種の伝統やしきたりが存在しており、そのルールや調和を乱したら最後、不幸のどん底へと叩き落とされるというのも、古きを重んじる“田舎ホラー”的なシチュエーションといえよう。 先述の下津監督が影響を受けたA24ホラーからこれに該当する作品を選ぶならば、やはりタイ・ウェスト監督の『X エックス』(22)がその教科書通りの作品であろう。6人の若者たちが、ポルノ映画の撮影をするために老夫婦の暮らす農場を借りるのだが、その老夫婦の正体は残忍な殺人鬼。彼らは次々と犠牲になっていく。その前日譚が描かれる続編の『Pearl パール』(22)もまた、パターンは違えども“家”のしきたりに背いた若い女性に降りかかる不幸が描写されている。 『みなに幸あれ』においては、先述したような因習の存在を知ってしまった孫がそれに背くように、つまり都会的な価値観をもっていけにえを解放する。ところがそこから様々な不幸が彼女の身に降りかかり、それまで普通に見えていた田舎町の景色や家族の姿がガラリと変わって見えるようになる。そんな彼女の様子は、いわゆる“ヒロインホラー”の文脈にも重ねることができ、その心情に寄り添いながら作品を観れば、さらにこの異質な世界を深く味わうことができるだろう。 ■閉鎖的な空間に、感情が抑圧される 外の世界からやってきた者に限らず、閉鎖的で隔絶された空間の抑圧は、そこに生きる者たちをも蝕み、やがてそれが爆発することも。M.ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』(04)では、厳格な村の掟に疑問を持った若者の行動がほかの村人たちを混乱させ、悲劇を招いてしまう。また、ロバート・エガース監督のA24ホラー『ウィッチ』(15)では、敬虔なキリスト教徒の家族が自ら抑圧された環境に身を置き、“魔女”の存在に苛まれて崩壊していく様が描かれていく。 『みなに幸あれ』の場合は、主人公である孫の伯母(野瀬恵子)が、いけにえを捧げる因習に疑問を抱いて家を離れ、山奥の人里離れたところで暮らしている。劇中で孫は彼女のもとを訪ねるのだが、そこでさらなる恐怖を目の当たりにすることとなる。また、孫に協力する幼馴染(松大航也)も同様だ。この田舎町で生まれ育ちながら、因習に背いてしまった彼にどんな結末が待ち受けているのか。その答えは映画本編で目撃してほしい。 今回発売されるBlu-rayには、特典映像として「第1回日本ホラー映画大賞」で選考委員長の清水崇監督をはじめとした選考委員たちを驚愕させたオリジナル短編版『みなに幸あれ』が収録されている。劇場公開されていないレアなバージョンとなっているため、この機会に長編版と観比べ、下津監督の力量とその進化を確認してみるのも一興だ。 数多の名作と通じる“田舎ホラー”の醍醐味がぎっしりと詰まった『みなに幸あれ』。Blu-ray&DVDで、そのじわじわ迫り来るような不気味な恐怖を隅々まで味わい、ホラー映画の新たな時代の幕開けをその目に焼き付けよう! 文/久保田 和馬