国会議事堂

　アジア版NATO（北大西洋条約機構）の創設、対等な日米関係を目指した日米地位協定の改定、米国との核共有から核の持ち込み…。外交・安全保障政策を巡る石破茂首相の発言に波紋が広がっている。米国やアジア各国から批判的な反応が相次ぎ、政府内からもその実現性に疑問の声が上がる。首相は1日の就任以降、発言のトーンを弱めているものの、被爆地・長崎や米軍基地が集中する沖縄では「非核三原則の崩壊や、さらなる基地負担増につながりかねない」と警戒感が広がっている。 【写真】首相の腹部シャツ出し部分が修正された組閣記念写真 　首相は自民党総裁選で、持論であるアジア版NATO創設と、米国との核共有や核持ち込みを提唱。米シンクタンクに寄稿した論文の中では、中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発の進展を受け、米国の抑止力が「機能しなくなっている」とし「この状況で中国を抑止するためには、アジア版NATOの創設が不可欠」と主張した。 　「敵基地攻撃能力の保有を可能とした前政権より危機感がある。力対力による安全保障の方向にますます進むのではないか」。長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長（84）は懸念する。 　NATOは加盟国が攻撃を受けた際、全加盟国が集団的自衛権を行使して反撃する軍事同盟。アジアでは米国が日本や韓国、オーストラリアなどと同盟を結ぶが、集団防衛体制のNATOとは大きく異なる。そもそも憲法9条を持つ日本は集団的自衛権の行使について限定的にしか認めておらず、龍谷大の奥野恒久教授（憲法学）は「改憲を前提としているのは明らか。世論などを鑑みても現実的でない」と話す。 　寄稿文では核の持ち込み先について触れていないが、過去に首相は米国による「核の傘」の実効性を高めるため、国内への持ち込みに言及していた。長崎市の被爆者本村チヨ子さん（85）は「非核三原則を破るなんてとんでもないことだ」と憤る。 　首相が提唱した外交・安保政策について、米国務省は「時期尚早」と即座に否定。「われわれはそのような戦略的な枠組みを考えていない」（インド外相）、「アジアの集団防衛機構を望む国はない」（シンガポールの専門家）と批判的な見方が相次ぐ。国内でも異論が続出し、防衛省関係者は「中国を刺激するだけだ」と一蹴する。こうした国内外の反応を受け、首相は4日の所信表明演説では持論を封印し、7日の衆院代表質問でも「一朝一夕で実現するとは思わない」と述べるなど、現実路線にシフトしている。 　ただ、安保体制の強化は首相が長年こだわってきたテーマ。自民党幹事長だった2013年には米軍普天間飛行場（沖縄県宜野湾市）の県外移設を求めていた県選出の国会議員に、名護市辺野古への移設を容認させた経緯があり、同飛行場そばに住む仲宗根清茂さん（74）は「さらなる基地負担増を強引に進めるのではないか。（南西諸島の）自衛隊基地強化がますます進む恐れもある」と危ぶむ。 　一方、米軍機の騒音や事故、米兵による犯罪に長年悩まされてきた沖縄では、日本の捜査権を制限する不平等な日米地位協定の改定に期待する声もある。琉球大の山本章子准教授（日米関係史）は「首相が語っているのは、自衛隊の訓練基地を米国に設置するなど自衛隊目線の改定だ。県民の負担軽減につながる内容は少ない」と懐疑的な見方を示した。 　（坪井映里香、泉修平、古川大二）