顧客は海外の王族から世界的スポーツ選手まで…敏腕ボディーガードが明かす「これまでの最大の敵」
ボディーガードを志すきっかけになった15歳で行った語学留学
脅威の可能性の分析に重要なポイントの一つは、警備対象者の行動にルーティン(繰り返されている習慣や行動パターン)があるかどうかなのだという。例えば、来日すると必ず竹下通りのこのお店に行くというルーティンがあり、今回の来日でも竹下通りに行く機会がある場合は警戒する。習慣的な行動は、待ち伏せされるリスクが高くなるからだ。 「もう一つのポイントは情報の漏洩です。ルーティンがなくてもその人の行動予定の情報が事前に漏れていると待ち伏せされます。情報漏洩がある場合は漏洩のレベルや公開の程度を調べます。行動が予想されるような情報の漏洩があれば、警備の警戒度は上がります。突発的にフラッとお店を訪問するような時は、情報の漏洩や待ち伏せされている可能性は低いので、そこまで警備レベルは上げません」 警備対象者の情報収集で現実的に起こる危険の可能性をまずちゃんと考えることが警護の第一歩。『待ち伏せ』による攻撃ができない場合、襲撃者がとる方法は相手を尾行して襲撃のタイミングを計るしかない。ボディーガードは、このタイミングを計る相手の不審な動きに気づく訓練をしている。 「そもそも身辺警護・要人警護業務では、待ち伏せに対してしっかりと対策をしておかなくてはならない。待ち伏せ対策がされていない場合、いくら当日しっかりと警備を配置し警戒していても、襲撃は成功してしまいます。警護業務中に襲撃されてしまうのは、そもそも事前準備が十分に行われていないためです。待ち伏せ対策ができた上で、当日しっかりとした警備警戒を取ることが重要なのです」 このように、24時間息を抜けない仕事に就くきっかけとなったのは、15歳の時に語学留学のため米国に行った際に起きた出来事だ。アリゾナ州にある田舎町で日曜日の午後、歩いてきたおじいさんが突然目の前で倒れるという場面に遭遇した。頭を打って、血まみれになったおじいさんを助けたくても、当時は英語も話せず、助けの呼び方もわからず、無力感を感じた。 「『目の前で困っている人がいて助けを求めているのに何もできない』という悔しさが原動力です。ちょっとした知識や経験があれば助けることができたかもしれないと思い、セキュリティや危機管理などの訓練を受け始めました。米国などでさまざまな訓練を受けるうち、『お前はボディーガードに向いていると思うぞ』と教官らに言われ、当時一番厳しいといわれていたイギリスのボディーガード養成機関に入学し、イギリスのボディーガード国家資格も取りました」 イギリスでボディーガードの資格を取った後、ヨーロッパを中心に訓練や警護の仕事をする中でプロのボディーガードとして「さらに上を目指したい」と欲が出てきた。 「多くのプロのボディーガードたちから、それなら、イスラエルに行くしかないと言われました。そんな時、イスラエルのある人物から連絡があり、警護やセキュリティマネージメントの訓練を受けるか、と聞かれました。その電話を受けた1週間後にはイスラエルのテルアビブにいました。 イスラエルの訓練について詳細は語れませんが、常時リスクのある国ですから、人々の根本的な危機感が違います。当時のイスラエルは自爆テロが頻繁に起きており、教官からは、『お前がどんなに体を鍛えても、射撃の腕が良くなっても、爆弾を抱えたテロリストが目の前に来てしまったら、お前ができることは何もないぞ』と言われました。危険が目の前に現れてから行動しはじめてももう遅い、危険は未然にその発生を防ぐしかないんだ、と散々叩き込まれました」 イスラエルにいた時に、今でも「師匠」と仰ぐ人から言われた言葉を胸に刻んでいる。 「ある時、『セキュリティーの最大の敵は何かわかるか?』と聞かれました。それは何も起きない平和な状態のルーティンに気持ちが流されることだと言われました。昨日も何もなかった、おとといも何もなかった。この『過去に何もなかったというルーティン』が警戒意識を落とすんです。犯罪者や襲撃者・テロリストは、その危機意識の落ちた警備員の様子を見ているので、そのような時こそ危険は起こるんだと。この言葉はボディーガードだけでなく一般の方の防犯などに対しても言えることだと思います」 2年前の7月8日、安倍晋三元総理が近鉄線の大和西大寺駅前で演説中に銃撃され、今年三回忌にあたる。この事件を思い出すたびに、小山内氏の「過去に何もなかったというルーティンが最大の敵」という言葉が重く響く。後編の記事『「教育と訓練を変えないと……」安倍元総理や岸田総理の事件現場を検証した要人警護のプロが鳴らす警鐘』で、安倍&岸田総理銃撃事件が起きてしまった理由をプロのボディーガードの視点で解説してもらう。 取材・文:小笠原理恵 国防ジャーナリスト。関西外国語大学卒業後、フリーライターとして自衛隊や安全保障問題を中心に活動。19年刊行の著書『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。公益財団法人アパ日本再興財団主催・第十五回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀藤誠志賞を受賞。産経新聞社「新聞に喝!」のコラムを担当
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