AKB48 17期生水島美結(みゆう)「救急救命士の学校へ行くことが決まっていたのですが、夢だったAKB48に挑戦しました」【連載 なんで令和にAKB48?】
ーーAKB48じゃなかったら、どんな進路の予定だったんですか? 水島 札幌の救急救命士の学校に進学することが決まっていました。自分が中学生の頃に高熱で倒れたことがあって、その時に来てくださった女性の救急救命士さんがかっこよくて、自分も人を助ける仕事をしてみたいなって。 ――進路が決まっていたのに、AKB48を受けたんだ。 水島 アイドルになりたいって夢をずっと諦められなくて、今しかチャンスはないと思って受けました。 ――最初で最後のチャンスですね。オーディションに向けてやったことは? 水島 歌の練習をしました。あんまり慣れ親しんでこなかったので、カラオケに行ったりとか。ダンスはバトンをやっていたので、大丈夫かなと。 ――オーディションで覚えてることはありますか? 水島 話したら落とされると思って、誰とも話さなかったです。私語は慎んだほうがいいかなって。あとは緊張すると一点集中みたいになっちゃうタイプなので、ダンス審査の前とか端っこでずっとひとりで練習してました。 ――じゃあ同期からも覚えられていない? 水島 でも前髪がなかったのが、私ひとりだけで、それで覚えられてました。あとは歌の審査で泣いてたよねって。 ――自分で泣き虫って言ってましたもんね。 水島 もうずっとでした。オンライン審査でも涙目とか、審査した方に私の印象を聞いたら、泣いてるイメージだったって。でも、涙が合格させてくれたのかもしれないです(笑)。 あと最終オーディションで歌もダンスもトップバッターだったんですよ。エントリーナンバーが101番で、その前にもいると思ったら、私が最初で、みんなの基準になるから嫌だなと。 ――東京でやった最終審査は誰と行ったんですか? 水島 それまで東京どころか、飛行機も乗ったことがなくて。お母さんに話したら、ついては行けないけど、ひとりでは絶対に行かせられない。諦めるか、他の選択肢を考えるかにしなさいって。どうしようと思って、仲の良い友達に相談したら、一緒についていってあげるよって。それで3人で東京へ行きました。 ――素敵な友達ですね。 水島 一緒に行ってくれなかったら最終オーディションは受けられなくて。ふたりがいなかったら、今ここにいなかったので、感謝の気持ちでいっぱいです。 ――その場で合格発表があったじゃないですか。友達にはどう伝えたんですか? 水島 私たちの時は仮合格で、まだわからないみたいな感じだったんですけど、すごい喜んでくれて、『恋するフォーチュンクッキー』を踊ってくれました。 ――ノリがいいですね。親はどんな反応でしたか? 水島 「本当に大丈夫?」って。専門学校の費用も払ってくれていて、安定した道に進んでほしい感じだったんですけど、最終的には「美結の人生だから自分で決めなさい」って言ってくれて。AKB48の道へ進むことになりました。(後編に続く) 【連載「なんで令和にAKB48?」は木曜日更新。ファンとの関係性や選抜メンバーとしての覚悟を語る後編は10月24日公開!】 ●AKB482005年(平成17年)12月8日、秋葉原のAKB48劇場で1期生お披露目。2022年(令和4年)5月4日に17期生、2023年4月9日に18期生、2024年3月17日に19期生がデビュー。AKB48 64thシングル『恋 詰んじゃった』が絶賛発売中! 「AKB48劇場工事中出張公演」開催中!! 最新情報は公式ホームページをチェック ●水島美結(みずしま・みゆう)2003年11月12日生まれ 北海道出身身長157cm 血液型=A型Nickname=みずみん公式X【@miyuu_mizushima】公式Instagram【@17_miyuu_1112】 取材・文/関根弘康 撮影/篠田直人
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