「まさか堀江翔太の身に起きるなんて…」ラグビー屈指の名勝負はなぜ生まれた? “心を揺さぶる80分”を完成させた3つの要素とは
「傑作」を見てしまった――。 ブレイブルーパス(いわゆる東芝)対ワイルドナイツ(いわゆるパナソニック)のリーグワン・ファイナルは、時の経過を忘れさせ、心を揺さぶられる傑作となった。 【衝撃画像】「コレが現役最後の肉体かよ…」鍛え抜かれた肉体美“堀江翔太のハダカ”を見る!「ラグビー史に残る名勝負」リーグワン決勝の写真100枚も 24対20、東京は府中市に本拠を置くブレイブルーパスの初優勝。拮抗したスコア以上に、密度の濃い、豊潤な内容の試合だった。 傑作の証左として忘れてならないのは、5万6486人の観衆が試合とともに呼吸をしていたことだ。ラインブレイクに歓声が上がり、ブレイブルーパスの巨漢、ワーナー・ディアンズの激しいタックルに驚嘆の声が上がった。みんな、心を奪われていたのではないか? 私の感覚としては、2019年のW杯で日本のファンは極上の味わいを覚えたのだと思う。コロナ禍にあっては声出しが制限されていたが、あの禍々しい記憶が遠いものとなりつつある2024年、試合と一緒に呼吸する観客は傑作を成立させる一部になっている。このファイナルを現場で見られた人は、本当に幸せだった。
「傑作」となる3つの条件
ラグビーの試合が傑作となるには、いくつかの要素、条件がある。 ひとつは、「目を見張るようなアタック」だ。 この日、アタックの主役は両軍のウィングだった。ふたつのトライを奪ったブレイブルーパスのジョネ・ナイカブラ、ワイルドナイツのマリカ・コロインベテの両翼の獰猛とも呼べるような走りは圧巻だった。 前半38分、ナイカブラの独走をコロインベテが追いかけた「マッチレース」には、驚嘆するしかなかった。結果的にコロインベテのイエローカードにつながってしまったが、ふたりのあのスピードは目に焼きついて離れない。 さらには両軍アタックにおけるセンタークラッシュ、それに対するディフェンスなど見るべきものが多かった。そして特筆すべきは、ブレイブルーパスの原田衛(慶応大出身)、佐々木剛(大東大出身)といった「売り出し中の中堅」が目立つ機会が多かったのも、代表キャンペーンのことを考えると好材料だった。 そして傑作に必要な次の要素は、「魂のタックル」である。 75分を過ぎてからのワイルドナイツの猛攻に対し、ブレイブルーパスの選手たちは集中力を保ち続けていた。67分の段階で一時逆転された時、主将のリーチマイケルは「ディフェンスで自分ひとりだけ飛び出したり、勝手なことをしないように」とチームメイトに声をかけたという。 現代のディフェンスの要諦は、防御線に凸凹を作らず、面で対峙することである。しかし、終盤になってブレイブルーパスの選手たちは面から「槍」となって相手に突き刺さった。リスクはあった。しかし、それは見る者の心を揺さぶった。 特にすさまじかったのは、身長201センチ、体重117キロの巨漢、ディアンズである。 流通大柏高出身、昨年のW杯でもプレーしたディアンズが見せたのは、まさに魂のタックルだった。何度も起き上がり、そして刺さる。巨漢ディアンズの献身が陶酔を生み出した。 間違いなく、泥臭い「東芝」の遺伝子がディアンズには組み込まれていた。22歳のディアンズのけなげな姿に、今季のブレイブルーパスのチームへの忠誠心やら、チームカルチャーやら、いろいろなことが想起され、強さが凝縮されたような時間だった。 しかしワイルドナイツは、そのディフェンスを破った――はずだった。 傑作が成立する最後の要素は、「悲劇」である。 今回、その主人公となってしまったのは38歳、この試合をもってラグビーから引退する堀江翔太だった。 逆転となるはずだった、ワイルドナイツの最後のアタックも素晴らしかった。堀江からコロインベテへのギリギリのパス、そして右に大きく振ってFB山沢拓也の75分以上戦ってきたとは思えないランニングスキル、そしてトライを取り切った長田智希のキレ。山沢と長田のランは、記者席から見ると、ふたりだけが1.5倍速で動いているように見えた。 そして、トライを取られたブレイブルーパスの選手たちの姿にもまた、心を奪われた。 あの、あのリッチー・モウンガが這いつくばっている。懸命にタックルを続けていたディアンズも倒れ、チームの背骨であるリーチも膝をついている。 死力。オールアウトした姿は痛々しくも、感動的だった。 ところが――。TMOとなった。 ご存じのように、トライの取り消しにつながったのは、よりによって堀江のパスだった。 引退試合に、こんなことがあるだなんて。時にラグビーは、残酷になる。 スローフォワードは、ラグビーの歴史に忘れがたい記憶を残す。 2007年のW杯準々決勝、大本命だったニュージーランドはフランスの前に沈んだ。フランスの逆転トライにつながるアタックでは、ダミアン・トライユからフレデリック・ミシャラクへの微妙なパスがあった。映像で見ると、たしかにスローフォワードに見えなくもない。トライから遡って3フェイズ以内のプレーだから、いまだったらTMO対象のプレーだ。しかし、トライは認められた。 これがニュージーランドにとっては、大きなトラウマになった。この試合に出場していたダン・カーターは、神戸製鋼でプレーしていた時代、私のインタビューに対して、 「あれは、スローフォワードだよ。間違いない」 と話した。穏やかで紳士的なカーターが、唯一シリアスな表情を浮かべていたのが忘れられない。 これは「見逃された側」のエピソードだが、日本でも1985年の大学選手権決勝、同志社対慶応戦で、いまもって忘れがたいスローフォワードがあった。 同志社の3連覇を阻む慶応のトライ! と思った瞬間、斉藤直樹レフェリーは慶応のキャプテン、松永敏宏のパスをスローフォワードと判定した。慶応は敗れた。後年、松永は私のインタビューにこう答えた。 「あれは、スローフォワードじゃありません。間違いないです」 単純なハンドリングエラーのひとつ、スローフォワード。しかし、そのプレーが人の人生に影響を及ぼすことがある。 今回は「ミスター・ワイルドナイツ」であり、日本代表の勃興に多大な貢献を果たしてきた堀江翔太が、その歴史の一部に組み込まれることになった。 トライだったら、優勝して引退。最高のフィナーレになっていた。しかし、TMOという文明の利器は、「誤差」を見逃さなかった。 傑作の誕生に必要な要素である悲劇が、まさか堀江翔太の身に起きるとは――。想像だにできなかった。 ラグビーは深い。 傑作の誕生を目の当たりにして、ただただ両軍の選手に拍手を送るばかりである。
(「スポーツ・インテリジェンス原論」生島淳 = 文)
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