『虎に翼』三山凌輝演じる直明とほぼ同じ歳…父が語っていた「戦後」の若者たちのリアル
戦争では、誰もが夢と希望を捨てていた
父は進駐軍の仕事を経て、いくつか職を変わり、一般企業へと就職しました。その後の私が知っている父は、ごく一般的なサラリーマンでしたが、父の書斎には、植物の専門書がところ狭しと置かれ、父は動植物学のことを専門に勉強をしたかったんだ、ということが一目でわかりました。戦時中貧しくならなければ、さらに戦後一家の担い手にならなければ、もしかしたら『らんまん』の主人公のように、好きな学問の道を進んでいたのかもしれません。もちろん、その道を進んでいたら、母と出会うこともなく、私も生まれていなかったのかもしれませんが、当時多くの若者たちがそうだったように、父も戦争によって夢を諦めたひとりだったのだと思うのです。 戦時下の男性の話というと、特攻隊や激戦地で戦った方々の体験談を多く目にします。もちろん、そういった方々のことも後生にしっかりと語り継いでいかねばなりません。でも、戦時下は戦地に行った人だけでなく、「数限りない人が、夢を諦め、未来や希望を語ることができない社会であった」のだと『虎に翼』を見て、改めて感じたのです。 優秀で学ぶことが大好きで東大を目指していた弟・直明は、「僕は猪爪家の男としてこの家の大黒柱にならないと」と東大進学を諦める発言をしました。 「俺にはわかる」と常に楽天家でお調子者の兄・直道は、出征時に妻の花江ちゃんから「大好きよ、直道さん。絶対、帰ってきてね」と抱きしめられたのに「俺にはわかる」と笑って言葉を返すことができませんでした。 2度目の司法試験で、寅子とともに合格し、弁護士としての第一歩を踏み出していた轟太一も自分の天職を捨て、戦地に向かい、6月6日現在の放送時点では、消息はまだわかりません。 そして、大好きな寅ちゃんと娘の優未を置いて、さらに体がイマイチ強くないにもかかわらず辛さをみせずに戦地に向かい、戦争が終わっても二人に会うこともできず亡くなった優三さん……。 他にも、やりたい夢や本来の自分を捨て、愛する人を残し、お国のため、家族のためと戦争の犠牲になった男性は数え切れないほどいたに違いありません。そして、女性たちもまた、連れ合いや家族を失い、その後の貧困と闘い、夢や希望を持つことなどできなかった人たちがたくさんいたのです。まさに男女関係なく、日々を生きること、生き抜くことだけで精一杯になってしまうのが、戦争なのだということを『虎に翼』で改めて実感しました。 だからこそ、寅ちゃんと直明のこの会話には心が震えたのです。 「あなたが男だからって全部背負わなくていい。そういう時代は終わったの」 「…僕、勉強していいの?」 「していいじゃなくて、必死になって勉強しなさい!」 あの時の寅ちゃんのきっぱりとした言い方。「勉強していいの?」と戸惑いながらも希望の光をたたえた直明の瞳。この言葉は、勉強出来ずに亡くなった人たち、そして、生きるために勉強することが出来なかった戦後すべての人たちの思いを背負っている言葉でもある……。父が今生きていて、この場面を見たら、学びたかったであろう人生を振り返り、きっと涙したことでしょう。 そして、6月6日放送回では、GHQのホーナー氏がたくさんのチョコレートを持って猪爪家を訪れました。喜ぶ子どもたちの笑顔を見て、涙ぐむホーナー氏。彼の祖父母はユダヤ人で、彼もまた戦争でたくさんの親族を亡くしていたのです。その事実を知った直明は、「戦争で何も傷ついてない人なんていない」という言葉を発します。 これらは「ドラマの中だけの話」でも、「79年前の昔の話」でもないのです。今も世界中で起きている戦争や内紛で、命を奪われる人、夢や希望を持てず、日々を生き抜くことに必死な人たちがいます。「夢や希望を持てる環境」が、人が生きるためにいかに大事なのか……、今一度心に刻み考えたいと思うのです。
安藤 由美(フリー編集者・ライター)