掛布雅之が明かす、4番打者の「心構え」と「宿命」…プロ野球選手だからこそ「わがままな野球」をするワケ
4番打者はファンのためにわがままでいい
例えば10-0で負けている試合で8回に打席が回ってくると、4番打者の私は出塁など考えず、ホームランしか狙いませんでした。 これは、単なるわがままではないのです。プロはファンのため、自分のためにやる野球があります。アマチュアは何点差であろうとすべてチームの勝利のためですが、プロでは違う野球があるのです。特に阪神とか巨人とか人気チームの4番打者はなおさらです。 阪神は惨敗しても「掛布のホームランを見られただけで満足」と帰ってくれるファンがいるのです。試合展開には影響のない1本のホームランでファンが期待している本塁打王になれるかもしれないのです。 大敗の中でホームラン狙いの打席は単なるわがままではなく、4番としてやらないといけない野球なのです。競った試合展開でもないのに、初球をチョコンとセンター前にヒットを打ってもファンは喜ばないはずです。 でも今の選手は優等生が多く、「チームの勝利のために」というのが口癖のようになっています。「ファンのために」と、わがままな野球をしてくれる選手が出てきてほしいものです。そのためにキャンプから何万回とバットを振っているのですから。 私の現役時代は、安藤統男監督が「4番の野球」を後押ししてくれました。例えば巨人の江川卓さんと対戦するとき、試合前のミーティングで「高めのストレートには手を出すな」とチームとしての決めごとをつくりました。 でもミーティングが終わったあとに安藤監督が、「おまえは高めのボールを打ちたいんだろう? 打っても構わないよ」と言ってくれたのです。4番打者とエースの対決を束縛せず自由にやらせてくれました。 それがファンのためであり、チームのためにもなるとわかっていたのでしょう。そこまで許してくれる監督のために無様な打撃はできませんでした。
打者として成長させてくれた江川卓さん
同い年の江川さんとは巨人のエースと、阪神の4番として全身全霊、プライドをかけた対決をしてきました。実は調子が悪いときこそ、江川さんと対戦したかったのです。なぜかと言うと、私のいいところを引き出してくれるからです。 無駄なものをすべて捨てられる、ということです。私は真っすぐを打ちたい。江川さんは真っすぐで抑えたい。カーブはあくまで見せ球。最後は内角高めの真っすぐを打つか、抑えるかの勝負でした。 もちろん、江川さんのストレートに対する怖さはあります。江川さんのほうにも、ひとつコースを間違えればスタンドに持っていかれるという怖さがあったはずです。 そういう混じりっけのない勝負ができる投手がいたということは、幸せなことです。抑えられるともちろん悔しさはありますが、三振してもいいスイングができたと納得できることもあるのです。 本当に自分の調子がガラリと変わるきっかけになる存在でした。振り返れば江川さんだけでなく、広島の大野豊さん、大洋の遠藤一彦さんら同い年で各チームのエースとの対戦は自分のいいものを引き出してくれ、打者として成長させてくれました。 4番打者はいいライバルにも恵まれる、これも4番打者の宿命だと思うのです。
掛布 雅之(プロ野球解説者、評論家)