遠藤航に独サポーターが今なお抱く愛情 主将への懐疑論も…評価を劇的に変えた“伝説”の一戦【現地発コラム】
シュツットガルトの歴史に名を刻んだ瞬間
そんな遠藤への印象は、2022年5月14日を境に劇的に変わる。2021-2022シーズンのブンデスリーガ最終節(FCケルン戦)で勝利しなければ2部3位との入れ替え戦を強いられることになっていた正念場で、彼はクラブの危機を救う大仕事を成し遂げたのだ。 現地で取材していた筆者は、試合後のミックスゾーン対応のためにMHPアレーナのピッチ脇に立ち、試合終了間際にシュツットガルトが獲得したコーナーキックを遠巻きに眺めていた。チャンスの場面で誰かが頭で競ってボールを後方へ流すと、ファーサイドにほかの味方が飛び込んだ。その瞬間に爆発するような大歓声が巻き起こり、会場は騒然とした雰囲気に包まれた。 ゴールシーンを確認しようとスタジアムに設置された大型ビジョンに目をやると、そこには伊藤洋輝が競ったヘディングに反応した遠藤がダイビングヘッドで決勝点をマークして咆哮を上げる姿が。遠藤が熱狂するサイドスタンドのサポーターたちに向けてキャプテンマークを掲げるとボルテージはマックスに達した。寡黙だったキャプテンがその存在を誇示した瞬間。遠藤は「レゲンドウ(エンドウとドイツ語のレジェンドを合わせた造語)」としてクラブの歴史に名を刻んだのだった。 試合後のミックスゾーンは騒然としていた。複数のテレビメディアが遠藤のフラッシュインタビューを要請し、クラブ広報はその調整に奔走していた。そんななか、ヒーローであるはずの遠藤は泰然とした態度でミックスゾーンに現れたかと思えば、流暢な英語で各種インタビューに対応していく。最後に筆者の番になると、彼は恥ずかしそうにはにかみながら目の前に立ち、こう言った。 「いやー、もう疲れたよ。今日のヒーローインタビュー、本当に俺でいいの?(笑)」 遠藤が大一番で決定的な仕事をやってのけられるのは、感情の揺れ動きがいい意味でないからだ。どんな局面や事態に遭遇しても、冷静に最適解を求める作業を進めている。チームを俯瞰して観察し、そのなかで自身の役割を認識して職務を果たす。一見すると冷淡に見えるその態度の裏で、彼はプロサッカー選手としての責任を愚直に全うしている。それは湘南ベルマーレでも浦和レッズでも、シント=トロイデンでもシュツットガルトでも、そしてリバプールでも変わらない。遠藤航という人物の傑出した個性でもある。 先日、シュツットガルトの試合取材後のことだった。中央駅近くの公園内にあるビアガーデンで仕事後の一杯にありついていると、ユニホーム姿のおじさんから声を掛けられた。 「エンドウはもう、ここにはいないよ」 「知ってますよ」と返すと、そのおじさんは胸を張ってこう言った。 「それにしたって、今さら何を驚いているのかねぇ。エンドウがリバプールで活躍してるって? そんなの当然じゃないか。だって彼は、VFB(シュツットガルトの愛称)のキャプテンだった選手だよ。彼が凄いヤツだってことは、100年も前に知ってたさ」 少なくともシュツットガルトのファン・サポーターは遠藤航の真の実力を知っている。それは我々日本人にとって、とても誇らしいものだとも思う。 [著者プロフィール] 島崎英純(しまざき・ひでずみ)/1970年生まれ。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動を開始。著書に『浦和再生』(講談社)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』を配信しており、浦和レッズ関連の情報や動画、選手コラムなどを日々更新している。2018年3月より、ドイツに拠点を移してヨーロッパ・サッカーシーンの取材を中心に活動。
島崎英純/Hidezumi Shimazaki