「103万円の壁」見直し問題、基礎控除引き上げはインフレ“自動増税”への正しい対応か?
● 国民民主案では約7.6兆円の税収減 累進税率構造の調整が必要 問題は、どの程度の引き上げを行なうかだ。国民民主党は、所得税の基礎控除を103万円から178万円に増額することを主張している。 玉木代表がXに投稿した試算によれば、所得税と住民税を合わせて年収200万円の人は8.6万円、年収600万円の人は15.2万円の減税になる 103万円から178万円に増額するというのは、東京都の最低賃金が95年から2024年の間に1.73倍になったことを根拠にしている。 これだと年間35兆円程度の所得税と住民税の税収のうち、約7.6兆円の税収減になる。 しかし、基礎控除の75万円という上げ幅は大きすぎる。最低賃金は、税制とは別の社会政策的な観点から決められている。したがって、所得税がそれに対応して調整される必要はないと考えられる。所得税は一般的な賃金の上昇に応じて調整されるべきだろう。 そこで、賃金の推移をみると、次のようになっている(毎月勤労統計調査、5人以上の事業所、現金給与総額。2020年を100とする指数)。95年が109.9、2015年が99.1、20年が100.0、23年が103.5だ。 このように、95年から2015年にかけては、むしろ低下している。15年から20年の100.0までは増加しているが、率はわずかだ。20年から23年では増加率はやや高まったが、それでも3.5%でしかない。国民民主党が求めている73%の引き上げとは大きく違う。 どの計数を用いるかによって結果は大きく違うので、この点に関する詳細な検討が必要だ。 インフレに応じて所得税制を見直す必要があることは、拙著『日本の税は不公平』(PHP新書、2024年)でも指摘した。 必要とされるのは、控除の見直しだけではない。もう一つの重要な課題は、累進税率構造の調整だ。これはある意味では、控除の見直しより重要な課題だ。 累進課税の区分は名目額で固定されているので、所得が増えると税率が自動的に上昇し、これも「自動課税」となる。これは、「ブラケット・クリープ」(Bracket Creep)と呼ばれる現象だ。この点についての是正も急務だ。 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄