世界が熱狂「アインシュタイン現象」 その裏にあった「西洋の没落」への不安と「原爆」への予感
---------- アインシュタイン、オッペンハイマー、湯川秀樹……20世紀、あまたの巨星たちに導かれ、栄光の時代を謳歌した物理学は、その「帝国」の版図を科学・経済・社会のあらゆるシーンに拡げました。自身第一線で活躍してきた佐藤文隆氏が、帝国の「黄昏」も囁かれる時代の転換期に、物理学の栄光の歴史とあるべき未来を、縦横無尽に語ります。 (以下は氏の最新刊『物理学の世紀』からの抜粋です。) ---------- 【写真】1905年のアインシュタイン
「統一理論」
1905年から16年の一般相対論までの展開はアインシュタインの純粋に理論的な試みで、学生時代の同級生であるマルセル・グロスマンという数学者の協力があった。同時期に同じような試みをした研究者は数少なく、量子や原子で沸いていた物理学界の主流からは外れていた。 逆に言うと、このような理論を促す実験事実や他の展開があったわけではなかった。動機はまったく理論的なものだった。電磁気力と並んで重力という古典的力があるが、電磁気学が特殊相対論的であるのに、ニュートン以来の重力は相対論的でなかった。ここを調整したいというのである。 現在から見るとアインシュタインの理論的動機はもっと広い「力の統一理論」の視点から見られるようになっている。対称性、ゲージ理論などがそのキーワードに当たる。しかし、こういう認識に達するには約半世紀の時間が必要であった。 こうした事情のため、長い間、一般相対論と「量子と原子の物理」とは非常に異質なものに見えていた。そしてようやく、重力を含む統一理論や弦理論、時間空間の量子論へというかたちで21世紀の課題として浮かび上がってきている。20世紀の物質の量子力学の後を受けて、21世紀には時間空間の量子力学が進展するだろう。 05年から始まる相対論は、時間空間自体を「あったり、なかったり」「さまざまな種類のものがあったり」「別なものに変わったり」、要するに可塑的な対象に変える出発点であった。これは電磁気学から促されて物理的に見つけたものだが、アインシュタインは純理論的な原理に導かれて一般相対論にいたった。このドラマは、途中に物質の量子論での多くの寸劇を挟んでおり、まだ終わっていないのである。