井上荒野「孤独をテーマにしようと決めていた」『錠剤F』のきっかけを生んだ“ニュースの断片”
執筆時は音楽をかけず文章のリズムを大切に
――この2冊は、書いていた時期も重なるんですか? 井上 少し重なっていますね。『錠剤F』は集英社の文芸誌『すばる』に不定期で載せていただいて、執筆期間は3年くらい。『ホットプレートと震度四』は半分ぐらいを淡交社の雑誌『なごみ』に載せて、あとは書き下ろしたんです。 ――読み心地の異なるお話を同時に書くのは難しそうですが、執筆時にかける音楽を変えるとか、ルーティンで意識していることはありますか? 井上 ありませんね。私は音楽をかけると書けないんです。リズムが狂っちゃうので、静かな場所で、場所を変えることもなく、すべて同じ机に向かって書いています。 ――執筆する際に「1日何枚」と枚数を決めて書く方もいますが、いかがですか? 井上 書くのは遅い方なんですよね。何枚とかは決めていないし、一気に書ける時と書けない時の差もそんなに大きくありません。集中力がないから、すぐに「今日のご飯は何にしようかな」と考え始めたり、パソコンでX(旧Twitter)を見たり、服を買っちゃったりしてしまうんですよね。 ――井上さんでもそういうことがあるんですね。 井上 そうやってネットサーフィンをしていたら、「トロイの木馬に感染しました」とすごい警告音が鳴ったことが2回あったんです。「止めたかったらこの番号へ電話しろ」と書いてあって、さすがに「詐欺だな」と思ったんだけど、夫にどうしようかと相談したら「とにかくパソコンの電源を落としなさい」となって。それで警告音は鳴らなくなったけど、書いていた小説が全部飛んだんですよね。あれは大変でした。2回目はちゃんと対処できましたけど。
SNSとの温度感
――大変なトラブルに見舞われたんですね。ネットサーフィンの合間にXを見る、ということですが、SNSの使い方で意識していることはありますか? 井上 本当にどうでもいいことしか書かないのをモットーにしていますね。Xは14、5年前から始めたんですけど、社会に対する自分の意見を自分が納得するように表明するには、絡んでくる人たちとのやりとりも含めて、それなりの時間をかけなければならない。それは自分には無理なので、「こいつはフォローしててもたいしたことを言わないな」と思われるくらいの温度感でやっているつもりです。 Xを見ていると気の利いた人生訓とか、処世術みたいなのがいっぱい流れてくるじゃないですか。誹謗中傷とかヘイトを撒き散らしている人たちは論外だけど、「気の利いたこと」をしたり顔で呟くっていうのもイヤなんですよね。自分は絶対そういうことは言わない、と決めています(笑)。 ――そういう心持ちでされていたんですね。井上さんが投稿する猫や長野での暮らしを見ると、ファンとしてはほっこりします。 井上 SNSで読者からの感想に触れられるのは、私も嬉しいですよ。 私は本当にボンクラで、政治や世の中のことを結構知らなかったんですけど、SNSのおかげで理解できるようになってきました。知らないと怒れないけど、理解できるようになると世の中に対して怒りを感じるようになるんですね。うちはテレビがないから、情報収集はもっぱらSNSです。 ――さきほど自殺ほう助について、「ニュースで見た」とお話しになっていましたけど、テレビではなくwebのニュースでご覧になったんですか? 井上 そうだったと思います。東京に住んでいた頃はテレビがあったんですよ。5、6年前に長野の山の中に住むようになったら、テレビのアンテナを一生懸命伸ばさないとならなくなって。じゃあ別にいらないやって、そこから見なくなったんです。 それからは、プロジェクターで映画や動画を見るようになったんです。だけど、お正月の昼間に「さあ映画をみよう」と思ったら、暗くならないので見られなかったんですよね。人が絶対に通らない場所に住んでいるからカーテンがなくて。あれは盲点でした(笑)。 井上荒野(いのうえ・あれの) 1961年東京都生まれ。1989年同人誌に掲載する予定だった小説『わたしのヌレエフ』をフェミナ賞に応募し、受賞。2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』で直木賞、2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、2016年『赤へ』で柴田錬三郎賞、2018年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞を受賞。著書に小説家の父について綴った『ひどい感じ 父・井上光晴』や、父と母、瀬戸内寂聴をモデルに描いた小説『あちらにいる鬼』なども。
ゆきどっぐ