続くお笑い芸人の海外進出「出演」と「活躍」の〝リアル〟な温度差 現地の人気者は「住まないと意味ない」
吉本興業の海外戦略は?
一方で、最大手の吉本興業が、2010年前後から積極的に海外戦略を進めてきたのも事実だ。それまでにも、新喜劇や落語の海外公演のほか、ガレッジセールがオランダ・アムステルダムで現地向けのライブを開催していたが、この時期にさらなるグローバル展開をスタートさせている。 中国最大級のマスメディア企業「上海メディアグループ(SMG)」と事業提携し、両社共同で映像コンテンツを制作しているほか、昨今では「上海国際コメディーフェスティバル」に所属タレントが出演し、吉本新喜劇、コント、漫才を披露している。 また、アメリカのシカゴでコメディー劇団とスクール、常設劇場を運営する「セカンドシティ」と事業提携し、2014年からセカンドシティの即興コメディー(アメリカのコメディー3大ジャンルの1つ「インプロ」)のメソッドを取り入れたプロジェクトがスタート。今も都内で開催されているコメディーショー「THE EMPTY STAGE」へとつながった。 2015年からは、台湾、タイ、インドネシアなど7つの国で所属芸人が現地のスターを目指し活動する「アジア住みます芸人」がスタート。インドネシアでは、浦圭太郎、濱田大輔、山口健太からなるトリオ芸人「ザ・スリー」が、翌2016年に同国の人気オーディション番組にリズムネタで挑戦し準優勝。これをきっかけに現地の人気者となった。 吉本興業が土壌を育み、流れができてきた中で、ウエスPが『ゴットタレント』で注目を浴び、事務所がさらに後続の芸人を後押しすることになったのは、想像に難くない。
COWCOW多田「住まないと意味ない」
国内と海外、ともに高い知名度を誇る芸人もいる。例えば、インドネシアで大人気になった芸人コンビがCOWCOWだ。 2009年に始まったソフトバンク主催の「S-1バトル」など、VTR用のネタを作る流れの中で、2011年に「あたりまえ体操」を発表、子どもたちを中心に虜にした。2013年にはインドネシア語版が現地で大ヒット。2015年にはインドネシア、タイ、マレーシアでアジアツアーを開催している。 今夏、筆者が「週刊プレイボーイ38号」(集英社)のインタビューの中で「その後、なぜタイやインドネシアで公演しなかった?」と尋ねたところ、多田健二からこんな答えが返ってきた。 「僕、たまたまインドネシア大統領のジョコ・ウィドドさんに顔が似てて、それもすごいウケたんです。最初はそれでいいと思うんですけど、言葉を覚えないとトークやネタに広がりが出ないじゃないですか。当時、“住みます芸人”が稼働し始めたのも見てるから、よけいに『住まないと意味ない』っていうのがあったんだと思います」 2021年には、COWCOWの楽曲「これができたらきっと、これもできる」がインドネシアの大手銀行のCMソングに採用されるなど、今も根強い人気がうかがえるだけに、説得力のある言葉だった。 実際、前述のザ・スリーはインドネシアに住み、徐々に現地の言葉を覚える中でブレークした。しかし、インドネシアではグループのうち1人が番組に呼ばれる傾向が強く、その後は見た目に愛嬌がありもっとも現地語の上達が早かった山口だけが、みるみるテレビスターへと駆け上がっていった。 さらには、現地で芸能事務所「MOP」を運営する大人気のコメディアン・司会者のルーベン・オンスから「うちの事務所に入れ」と誘いを受け、山口が吉本興業を離れることになり、2019年に解散。浦は翌年に帰国し、現在は広告関連の企業に勤務。濱田はインドネシア向けのYouTubeチャンネルを開設し、現地で知名度が高い日本人へのインタビュー動画が1000万回再生を記録するなど奮闘している。 当然だが、各国ごとに芸能界があり、そこでもふるいにかけられる。三者三様のザ・スリーの歩んだ道のりが、“海外進出のリアル”だと感じるのは筆者だけだろうか。 「アジア住みます芸人」の特徴として、なかなか日本で芽が出なかった若手芸人が志願して各国へと移り住んだ点が挙げられる。すでに国内で有名だった渡辺直美が「アメリカ進出」と注目されるのとはだいぶ温度差があるようにも思う。 このように、一口にお笑い芸人の海外進出と言っても、ターゲットとする国も違えば、企業や芸人によっても理想とする着地点は異なる。 現状では、すでに有名なタレントがさらなる栄誉を、伸び悩んだ芸人がブレークを求めて『ゴットタレント』に挑戦し、むしろ国内の番組を賑わす逆転現象を感じなくもない。 はっきりしているのは、海外進出を目指す芸人が、インフルエンサー的な手法で他国での知名度をキープしバランスを見て活動するのか、デーブ・スペクターやボビー・オロゴンのように“外国人タレント”として異国の地で人気者になるのかの違いだ。 また近年では、国内で一口にお笑い芸人と言っても、漫才師やコント師、テレビタレント、YouTuberと、どの分野に注力しているかでスタンスに違いを感じるように「海外で活躍するコメディアンか」どうかは、見る側の認識次第で変わってもくるだろう。