桐光松井 初戦で課題を露呈 ―スカウトは「腕を振り切るボールがなかった」―
両手でガッツポーズを作り、天を仰ぎながら、桐光学園のエース松井裕樹(3年)がマウンド上で突如として大声で叫び出した。口の動きをたどると、こんな言葉になる。 「危なかったぁ」 九回表に迎えた二死満塁のピンチ。リードはわずか2点。五回に2点タイムリーを打たれている9番の栗田亨祐(3年)を、こん身の外角ストレートで一塁ファールフライに打ち取った直後のひとコマだ。思わず漏れた本音が、プロが注目する「ドクターK」の死角を物語っていた。 休日と晴天とに恵まれた保土ヶ谷・神奈川新聞スタジアムの内野席はほぼ満員で埋まり、芝生の外野席も急きょ開放された。注目を集める桐光学園の緒戦。松井による奪三振ショーが期待された相洋高校との2回戦は、意外な展開となった。 松井は立ち上がりから伝家の宝刀スライダーを封印し、ストレートで打たせてとるピッチングを仕掛けた。序盤をストレート中心とする配球に関しては、5月からバッテリーを組む1年生捕手、田中幸城との話し合いで決めたという。田中は試合後、ストレート中心の意図をこう明かしている。 「序盤は松井さんの力で押していって、それだけだと(ヤマを)はられるので、中盤からは変化球をまじえていこうと決めていました」 松井は「13連勝での全国制覇」を今夏の目標として掲げている。激戦区の神奈川県大会を制するまでに7試合。甲子園で1回戦から登場すれば決勝まで6試合。すべてを投げ抜く覚悟を固めているからこそ、球数は抑えなければならない。三振にこだわれば最低でも3球を要するのだ。 ストレートを打ち損じさせて凡打にすれば、それだけ球数を省ける。実際、クリーンアップを迎えた四回はわずか6球で三塁ゴロ、セカンドフライ、ファーストゴロに仕留めている。桐光学園の野呂雅之監督も、今夏のテーマをこう語っている。 「松井イコール三振のイメージを払拭しないといけない。今年の夏は暑くなるので、全試合で彼を使っていこうと考えるとそうなりますね」 しかし、その三振を捨て、先を見据えた省エネ投法は結果的に失敗した。最速144kmをマークしたストレートはキレと伸びを欠き、何より制球が定まらなかった。 バックネット裏で視察していた読売ジャイアンツの長谷川国利スカウト部課長は言う。 「丁寧に投げたかったのかもしれないけど、いつものように腕を思い切り振り切るボールがなかったね」 ある球団のスカウトは、二回を終えた段階でスピードガンによる計測をやめたほどだ。それほど、この日の松井には「らしさ」がなかった。 できるだけ体力を温存したいという思いが、次第に腕の振りを鈍らせたのかもしれない。