まだ25パーセントしか解明されていない海の底は謎だらけ。「海底地形図」が完成したら、未来はどう変わる?
海底地形図は、なぜ必要なの?
「海底地形図」を作るための調査・研究は、今も世界各地で続けられています。その目的はさまざまですが、一般的に「海底地形図」には、次のようにいろいろな役割が期待されています。 ●防災対策 地震や津波のメカニズムは、海底の地形(海底火山など)やプレートの移動に大きく関係している。海底の状況を把握し、地形図として可視化することで地震や津波の予知など、防災計画に役立てられるのではないかと期待されている。 ●海上交通の安全 海底の地形を知ることで、船舶事故を予防できる可能性が高くなる。特に浅瀬や岩礁(がんしょう)が多いエリアでは、海底の地形を把握することで、より安全に船舶を航行させることが可能になる。 ●海底資源の開発 海底に埋蔵されている資源(石油や天然ガスなど)を利活用するためには、地形を調べて埋蔵している場所の特徴を詳しく把握する必要がある。 ●気候変動に関する研究 地球の気候には深海を流れる海流が深く関係していると考えられているが、詳細な仕組みについては、まだ分かっていないことが多く、海底地形を含む詳しい研究が期待されている。また、海底に生える海藻を増やして、地球温暖化の原因の1つである二酸化炭素を吸収させる取り組み「ブルーカーボン」も進んでいる。 ●環境汚染の抑制 海洋プラスチックごみの問題は年々深刻化しており、2050年には魚よりプラスチックごみが多くなると予測されている。海底地形を調べて、ごみが溜まりやすい海域が把握できれば、効率よくごみの回収ができるようになり、海洋汚染を防げるようになる可能性がある。 ●生態系の研究 海底の地形は、魚をはじめとした海洋生物の生態系にも大きく関係している。海底地形の調査が進めば、未知の生物を発見したり、生物の進化の謎を解くカギが見つかったりする可能性がある。
「海底地形図」がなかなか完成しないのは、なぜ?
このように、たくさんのメリットが期待できる「海底地形図」ですが、いまだ完成には至っていません。1903年にアルベール1世大公が「海底地形図」の作成を提唱してから1世紀以上経った 2017年の時点で、わずか6パーセントしか解明されておらず、表面の地形がほぼ明らかになっている月や火星よりも調査が進んでいない状況でした。 「海底地形図」の作成が進まない原因としては、次のような点が指摘されています。 ●測量が難しい 今までの海底地形調査は船からの測量がメインだったため、精度や効率に問題があり、「海底地形図」の製作が思うように進められなかった。最近では航空機からの測量が行われるようになり、効率・精度が格段に向上している。 ●人材や資金の不足 海底地形の測量・調査には航空機や船舶、レーダーやドローンなどさまざまな機材が必要。加えてデータの収集と解析にも多額の費用がかかる。また、測量・調査、データ分析を担当する専門人材の確保が難しい点も、海底地形調査の進展を阻む原因となっている。 ●国際協力が困難 海は複数の国や地域と接しているため、1つの国が自由に測量・調査できる海域は限られており、より広い海域の測量・調査のためには国際協力が欠かせない。しかし、海底地形に関する情報は潜水艦の航行といった軍事的に利用される恐れがあるため、国家機密として扱われ、防衛上の配慮から公開されないことが多く、これが「海底地形図」の製作が進まない原因の一つとなっている。 ■新たな海山も発見! 「海底地形図」、現在の進捗状況は? 以上のような理由から、「海底地形図」の作成がなかなか進まない状況が続いていましたが、近年、再び「海底地形図」に注目が集まっています。 そのきっかけの1つとされるのが、2014年に起きたマレーシア航空機墜落事故です。 この事故では乗客乗員239名を乗せた旅客機が南シナ海の上空で消息を絶ち、その後、インド洋に墜落したとみられています。しかし、この海域にはまだ詳しい「海底地形図」がなかったことから捜索が難航し、機体は事故から10年以上経った今もまだ発見されていません。 この事故を受けて、改めて海底地形図の意義が見直され、2010年代後半以降、再び世界中で海底地形の測量・調査が盛んに行われるようになりました。 海に関するさまざまな支援活動を行う日本財団と、「海底地形図」の作成を手掛ける国際組織「GEBCO」が2017年に立ち上げたプロジェクト「Nippon Foundation – GEBCO Seabed(シーベッド)2030」も、その1つです。このプロジェクトは2030年までに地球上の海を100パーセント網羅する海底地形図を完成させることを目的としており、現在、世界中から288の団体等が参画しています。 プロジェクトの開始から7年が経ち、さまざまな成果が報告されています。例えば、2020年にはプロジェクトのメンバーが、高精度の海底地形図データをもとに、南極周辺で海底地形に氷河が溶けた痕跡が年輪のように残っていることを確認し、これにより氷河の融解が太古からどのように進んできたのか推測できることを科学雑誌に発表しました。 また、2024年1月にはプロジェクトのパートナーであるシュミット海洋研究所が、南米チリ沖の太平洋で標高2,000メートル級の海山4つを発見しました。 ただ、これまでこのプロジェクトによって完成した「海底地形図」の範囲は2018年に6パーセント、2024年時点で26.1パーセントにとどまっており、プロジェクトの目標を達成するためには、残り約6年で74パーセントの海底を測量・調査、地図にする必要があります。 プロジェクトディレクターのジェイミー・マクマイケル=フィリップス氏は、「世界の海の大半は水深3,200メートルより深く、北極や南極付近では恒久的に海面が氷に覆われているといった、測量には大きな課題がある。加えて各国の安全保障の問題もあり、例えば潜水艦の海中停泊など軍事機密のある海域での測量は難しい」としつつも、「課題解決のために国際的な協力を進めており、2030年までの残された時間を有効に使って、目標達成まで努力を続けていく」と話しています。