イーロン・マスクは2万5000ドルの安価なテスラの米国生産を断念
イーロン・マスク氏は2020年に、「近々2万5,000ドルのテスラの新車が登場する」と宣言し、消費者の期待を高めた。しかし今では、それをほぼ断念している。最近のマスク氏は、「2万5,000ドルの通常モデルを用意するのは無意味だ」「そんなことはばかげている」とまで語っている。 また、「より低コストの車を作るために必要な作業量はとてつもなく膨大になる」。「車のコストを20%削減するようなことは、それを一から設計し、工場をまるごと建設するよりも難しい。その苦労は耐え難いほどだ」と、マスク氏は10月にアナリストらに話している。 テスラの米国での最安値モデルは約4万3,000ドルからだ。バイデン政権による7,500ドルの補助金を適用すると3万5,500ドルになる。 そもそもEV車でなくても新車で2万5,000ドル以下の安価なものは、人件費が高い米国では少ない。自動車評価サイト、ケリー・ブルー・ブックによると、米国で10月に販売された新車の平均取引価格は4万8,623ドルだ。2019年と比べて約1万ドル高くなっている。また、調査会社JDパワーによると、10年前には、米国の新車の約40%が2万5,000ドル未満(奨励金・割引を含む)だった。それが、今年はわずか9%である。 現在、米国で希望小売価格が2万5,000ドル未満の全車両の3分の2以上を、わずか4車種が占めている。トヨタ自動車の「カローラ」、起亜の「フォルテ」、日産自動車の「セントラ」、ゼネラル・モーターズ(GM)傘下シボレーの「トラックス」だ。 米国での安価なEVの製造の夢を捨てかけたマスク氏が、次にターゲットにしているのは自動運転技術である。マスク氏は、ロボタクシーを2026年に登場させる予定だ。テスラの自動運転技術にはまだ課題が残るとされているが、ビジネスをそちらに傾倒させていく考えだ。 トランプ氏は、バイデン政権が導入した最大7,500ドルのEVへの補助金を打ち切る考えを示しているが、マスク氏がそれに反対しないのは、米国市場での安価なEVの生産がもはや優先課題ではなくなっているからだろう。 他方、トランプ氏は、自動運転の規制を緩和することを打ち出しているが、これは自動運転技術を重視し始めたマスク氏にとって都合の良い政策である。マスク氏は政府の無駄な予算の削減や規制緩和を進める政府効率化省(DOGE)を率いるが、自身のビジネスに都合の良い政策を進めるという「利益相反」の問題は、今後も多く浮上することになるだろう。 (参考資料) "The Withering Dream of a Cheap American Electric Car(「安価な米国製EV」の夢、はかなく散るのか)", Wall Street Journal, November 20, 2024 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英