神戸から東北に送られた希望の灯り~大槌のボランティアの母 八幡幸子さん~
※特集動画では津波の映像が流れます。ストレスを感じる方は視聴をお控えください
東日本大震災の津波でまちが壊滅した岩手県大槌町で、大槌のボランティアの母と呼ばれる女性がいます。震災復興への思いや神戸とのつながりなどを取材しました。 ▶特集動画【クリック】神戸から東北に送られた希望の灯り~大槌のボランティアの母 八幡幸子さん~ 取材:藤岡勇貴(サンテレビニュースキャスター)
東日本大震災から13年
2017年の神戸マラソンで、私は東北から訪れたある女性と出会いました。 (2017年リポート・藤岡) 「こちらの震災復興の願いが込められたモニュメントの前。若松公園では東日本大震災の被災者も招かれたふれあいイベントも開かれています」 (2017年・八幡幸子さん) 「3.11の時は皆さんから義援金とか心温まる奉仕、支援を本当にありがとうございました。さっきもあいさつしたんだけど、胸が詰まるね」 岩手県大槌町から訪れた八幡幸子(やはたゆきこ)さん(73)です。八幡さんが暮らす大槌町は、岩手県のリアス海岸のほぼ中央に位置し、大槌湾に浮かぶ島は、住民たちに「ひょうたん島」として親しまれています。13年前の3月11日、人口1万5000人ほどが暮らしていたこのまちにも津波が襲いました。
津波でまちの7割が壊滅
(自衛隊ヘリコプター・隊員) 「あっ。何もできないな。現在地大槌。大槌町です」 死者行方不明者は、人口の約1割にあたる1286人。まちの全家屋の7割・4375棟が被害にあいました。 (自衛隊ヘリコプター・隊員) 「津波は住宅地まで入ってきた模様です」 建物の形が残った桜木町地区。八幡さんが暮らしている地域です。岩手県内各地で日中の最高気温が15度を超えた2月14日、私は八幡さんのもとを訪ねました。
後悔 助けられなかった命
(藤岡)「すみません」 (八幡さん)「お疲れ様」 (藤岡)「すごく暖かいですね」 (八幡さん)「春持ってきた。神戸から春を持って来たんじゃないの」 八幡さんは、この場所で食料品店を営んでいます。東日本大震災では、夫とともに自宅と店舗を兼ねた建物の2階に逃げて無事でした。 (写真を見せる八幡さん) 「ここにも人がいたんです。『寒いよ。助けてけろ。死にそうだよ』って言ったんだけど、行けなかった。このとおり水があるから。声をかけてみたの。うっうっうって2回声出してくれたんですよ。『あっいるんだ。いたんだ』と思って行ってみたら、冷たくなっていたんですよ」 住民と協力して高齢者を2人救助しましたが、1人は間に合いませんでした。 (八幡さん) 「(心臓)マッサージすると(心拍数が)150まで上がるんですよ。でも手を休めるとゼロになってしまって。家族みたいにして一緒にね。いろんなことを手伝ってもらったりしているから、悔しいよね。人を助けられなかったという思いがあるから」 助けたくても助けられなかった後悔。八幡さんの周りの人たちも多くの人が同じ経験をしています。 (八幡さん) 「若い人がね。おらのじいさんが下の家にいるから連れ来てくれと。連れてきたら津波がここまで来たんだって。『おじいさんごめん』っておじいさん下ろして自分だけ逃げたって。 生かさせてもらったからその気持ちを。『おじいさんの分まで何か人のために役に立とうって。私たちも頑張るからあんたも頑張れ』と言って。