<中国史はビジネスの武器になる>中国が嫌いな人ほど学んでほしい 食わず嫌いは「日本の損失」~安田峰俊×高口康太~
欧米の中国理解がズレる理由
高口:中国を理解するための文化的リソースを持たない国々、米国や欧州などはそうした機微を理解できていないというご指摘されていますね。 安田:2010年代ぐらいから、欧米主導の中国論が日本でも広く紹介されるようになりました。台湾有事の件もそうですが、新疆ウイグル自治区での強制労働、ネット検閲による民主派弾圧といったトピックも注目されるようになりました。 これらのトピックは基本的に事実に基づいた指摘ですし優れた論考もあるのですが、ただ、一定の違和感があります。「ああ、この人たちは根本的に中国を肌感覚では理解していないな」と。漢字が読めない国の人が解釈する中国は、ビニール袋ごしにガムを噛むような感じを受けがちです。 たとえば、日本でも話題になったジェフリー・ケイン『AI監獄ウイグル』(濱野大道訳、新潮社、邦訳の単行本は2022年刊)という、デジタル技術を駆使した監視社会化によるウイグル族への人権弾圧を描いた本があります。勉強になる内容も多い一方で、中国の支配体制を完璧なものとして描きすぎていないか、少数民族の絶滅を狙う壮大な計画があるかのように誇張しすぎていないかと気になる部分もありました。 一例としては、同書のなかで「スカイネット」という中国の監視カメラ網を紹介したくだり。映画「ターミネーター」に出てくる、人類絶滅をもくろむコンピューターシステムと同じ名前で不気味だ、やばいぞ、とか書いているのですが、スカイネットの原語って「天網」なんですよ(笑)。ターミネーターじゃなく、もともとは「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず(悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむる)」という中国古代のことわざに由来するものです。 高口:お天道様はちゃんと見ているという道徳の教科書的なニュアンスが、スカイネットと英訳すると一気にSF味が出てくるという(笑) 安田:同書の著者は「中国語をネイティブとする台湾人の助けを借りた」とも書いているんですが、この時点で東アジア理解の解像度が粗いわけです。仮に僕らがアメリカの内情を暴露する本を書いて「英語をネイティブとするニュージーランド人の助けを借りた」って言ったら、ナンセンスだと思うんですが(笑)。 もちろん、これは同書だけではなく、欧米系のジャーナリストや研究者の中国言説に散見される傾向です。新疆の人権問題の深刻さは事実ですが、一方でそれを伝える側の粗雑さにも注意が必要です。 中国のデジタル技術を駆使した監視社会化については、高口さんも、著書『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ、2021年)で、中国のコロナ対策の成功をデジタル技術に求める風潮を批判されていましたよね? 高口:実際にはそんなスマートな話ではなくて、1億人の中国共産党員や町内会レベルの基層自治体の人々を大動員して隔離や外出自粛を達成したことが最大の要因でした。コロナ初期の記事を収集、分析すると、「コロナなんか知らん。息子にあってくる」という農民に「頼むから外出しないで」とお願いしまくる村の書記の話とか泥臭い話がいっぱい(笑)。 濃厚接触者が外出しないよう、最初はドアに封紙をべったり貼っていて、外出すると封紙が敗れるのでわかるというアナログな仕組みでした。後に人感センサーに変わって出入りがあると、責任者のスマホにアラームが届くという洗練されたシステムに変わりました。このようにデジタル技術が大動員の負担を減らすという形に使われたことは事実ですが、デジタル監視があるので中国人民は政府の言うがままに動くという描かれ方は明らかに間違っていますね。