画像生成AI「Stable Diffusion 3.5」性能はものたりないが、自由度が高いのは魅力
10月23日、「Stable Diffusion 3.5(SD3.5)」が突然発表されました。他社に比べてずば抜けた性能を実現しているわけではありませんが、画像生成AIコミュニティーの奪還に向けて、積極的に攻めた内容ではあるようです。 【もっと写真を見る】
10月23日、「Stable Diffusion 3.5(SD3.5)」が突然発表されました。6月の「Stable Diffusion 3 Middle」の大失敗でだいぶ反省したようで、Stablity AIは公式発表で「コミュニティーの期待にこたえられなかったため、コミュニティーからのフィードバックにこたえた」と述べています。ライセンス条件も大きく変わって、フラッグシップモデルの「SD3.5 Large」も、高速版の「SD3.5 Turbo」、10月29日発表された軽量版「SD3.5 Middle」のすべてが同じ条件となり、誰でもウエイトモデルを落として、気軽に利用することができるようになりました。ただ、発表されたスコアや、実際に触ってみた印象からすると、他社に比べてずば抜けた性能を実現しているというわけでもありません。それでも、画像生成AIコミュニティーの奪還に向けて、積極的に攻めた内容ではあるようです。 ※記事配信先の設定によっては図版や動画等が正しく表示されないことがあります。その場合はASCII.jpをご覧ください トップ性能というわけではない 実際、性能は最先端ではあるものの、SD3.5Lはトップ性能とまでは言えません。Stability AIが発表した他の画像生成AIと比較した性能表によると、プロンプトへの追従性(Prompt Adherence)については、Black Forest Labの「Flux.1 dev」に勝っているとしているものの、美的品質(Aesthetic Quality)では、Flux.1 Devに劣っているという結果を公開しています。このElo Scoreというのは、様々なAIの性能を比較するテストを実施しているArtificial Analysisというサイトの評価スコアで、Stability AIの発表ではオープン化されているものだけが掲載されています。 実は、最新のチャートによると、クローズドモデルの「Midjounery v6.1」や「Flux.1 Pro」には、追従性も、美的品質でも若干ですが劣ったスコアになっています。それでも、SD3の発表時にはクローズドにしていた「Large」まで、オープン化を図ってきたのにはかなり攻めた姿勢と言えるでしょう。 ユーザー側の自由度が高いところが魅力 そして、最新の画像生成AIの中では、利用するユーザー側の自由度が高いところが魅力です。まず、7月に改定された「コミュニティライセンス」がそのまま適応されており、研究目的の用途以外でも、年間売上100万ドル(約1億5000万円)未満の組織/個人は、商用、非商用に関係なく無料で使うことができます。その金額を超えると、個別にエンタープライズライセンスの取得が必要ですが、自己申告制です。大規模企業が使う場合のライセンス費用は明らかになっていないものの、大半のコミュニティの開発者にとって扱いやすい条件になっています。 自由度の高さを物語るのは、ファインチューニング(微調整)のチュートリアルを出してきたことですね。SD3Mの発表時と大きく違い、ユーザーが追加学習をして、LoRAやファインチューニングモデルを公開することを歓迎するという姿勢を鮮明にしています。 SD3.5のソースコードも、リリース直後はStablity AIのコミュニティライセンスでリリースされていたのですが、そのコードを改造して学習用プログラムなどの開発した場合、将来的にエンタープライズライセンスに切り替える必要性が生まれるため、使いにくい部分がありました。しかし、その懸念が開発者コミュニティから出たことを受け、翌日にはより自由度の高いMITライセンスへと切り替えるといった柔軟性を見せています。 一方で、SD3Mの失敗後に大きく支持を得ているFlux.1ですが、フラッグシップモデルの「pro」のウエイトモデルは、ユーザーが直接触ることができず、devでは意図的に性能を落とされているのですが、その正確な情報は隠されています。また、独自の変数など意図的に公開されていないと思われる情報もあり、それがファインチューニング環境を効果的に整えるための障害にもなっています。 Stablity AIは思い切った情報公開をすることで、一度は失ったユーザーコミュニティの信頼を回復し、ユーザー数を取り戻すことを目指しているのでしょう。 実際、LoRA作成の基本環境の整備が進んでいます。最も普及していると思われるLoRA作成スクリプトを開発しているkohyaさんはさっそく対応作業を進めており、すでに最初の基本的な実行環境は整いつつあります。ユーザー作成のSD3.5L用LoRAの公開も始まっています。 動作環境(対応アプリ)ですが、一度は大きく関係がこじれたComfyUIとの関係改善も進んでいるようで、SD3の資産を活かす形で対応が完了しており、基本環境としては、ほぼ迷うことなくSD3.5を動かすことができます。ファイルサイズの大きなSD3.5を、様々なVRAM環境で動作させることができるように、ComfyUI自体に効率的なメモリ管理の仕組みが導入されているようです。そのため、VRAM12GBの環境であっても動作するようです。 描画能力:頑張っているがむちゃくちゃいいというほどではない さて、問題は描画能力です。これは評価が悩ましいというところです。「頑張っているけどむちゃくちゃいい」というほどではないんですね。この連載でおなじみ「明日来子さん」の画像を、ChatGPTによってプロンプト解析し、画像として出してみました。すると、なんだかこう、肌艶の感じがよくないというか、モヤッとした印象のする画像が出てきました。美的にすごく魅力のある画像ではないかもしれないというのが第一印象です。 SD3Mの発表時には、「芝生に横たわっている女性」がまともに人間を描写できないという点が悪い意味で話題になりました。(参照:“革命”起こした画像生成AIに暗雲 「Stable Diffusion 3 Medium」の厳しい船出)SD3Lとの差別化のためか、人体描写についての重要なデータ部分を意図的に抜いていたのが原因と推測されています。 筆者の今回の検証では、より全身像が出やすく、画像生成AIが苦手な手足が交差する描写になりやすい「芝生の上に座っている女性」としています。SD3Mと違い、人体は破綻なく指示通りに出ているとも言えるのですが、やはり魅力的な絵とまでは感じにくい印象です。また、細かく見ていくと手や足の指が微妙に破綻しているようにも見えます。 ただ、他社のものと比較してみると、絵的な魅力では劣るものの、プロンプトへの追従性については遜色ないようには見えます。 工場のような人工物でも比較してみました。画像生成AIは直線が苦手な傾向があり、モデルの特徴が出やすいためです。この比較では、SD3.5Lはかなり独自性が高く、かつ複雑な工場の様子を描写することに成功できています。一方で、Flux.1 devはどこか単純化された画像となっており、学習データの量が限られていることを推測させます。それぞれのモデルにより、描写の得意不得意が別れてきているようにも感じられます。 さらに、SF的なロボット系も生成してみました。SF的な意匠は、各モデルの学習しているデータの違いが出やすいモチーフです。SD3.5Lはかなり独創性の高く、なかなか魅力的なロボットが生成されました。どのモデルが良い悪いというのが簡単に決められないように思えます。 性的な画像が生成できるかも試してみましたが、出力できたのはトップレスぐらいまでで露骨な画像は出力されません。Flux.1とあまり変わらない程度の性能で、性的な画像を生成させる能力は省かれていると考えられます。現在、Stablity AIは子どもへの性的虐待を防止する国際的な取り組みにも参加しており、SD3.5シリーズではそれらの対策が入っているようです。 SD3.5Lは生成するプロンプトによって、得意不得意があり、特に人物については突き抜けた魅力があるとまではいえません。しかし、モチーフによっては独自の魅力があるという印象です。これからファインチューニングを前提とした基礎モデルとなっていくとすれば、伸び代が十分にあると考えられます。 今後の焦点:Stale Diffusion 3.5でいかに儲けるか 今後の最大の焦点は、Stability AIがSD3.5シリーズで収益モデルを築けるかどうかです。コミュニティライセンスでは収益を上げることができませんから、エンタープライズモデルに注力するのは間違いないと思われます。これを企業が積極的に導入してくれるのかどうかはまだ不透明です。 9月に「アバター」などの映画監督として知られるジェームズ・キャメロン氏がボードメンバーに参加したことが明らかにされました。映画業界に強いコネクションを持つプレム・アカラジュCEOが実現させたと考えられますが、常に新しい映像表現に挑戦してきたバックボーンを持つキャメロン氏の参加は、業界全体への信用を作るきっかけになると思われます。今後、Stablity AIは、映像業界を中心にB2Bに力を入れていくのだろうということが予想されます。 ライバルとなるFlux.1はクラウド企業へのAPIを通じての収益ポイントを作っていますし、それ以外の企業からも、高性能なクラウド型のクローズドな画像生成AIモデルの発表が続いています。Stablity AIが最大の混乱期を乗り切りつつあるように見えますが、オープン型を維持しながら適切に収益を出す方法の確立は道半ばです。 筆者紹介:新清士(しんきよし) 1970年生まれ。株式会社AI Frog Interactive代表。デジタルハリウッド大学大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。現在は、新作のインディゲームの開発をしている。著書に『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。 文● 新清士